家族と過ごす時間を大切にしようと脱サラ移住。子供が夏祭りに参加したことがきっかけで、地域の一員へ。
「キムランカ食堂」運営 木村 博明さん
- 移住エリア
- 神奈川県→群馬県藤岡市
- 移住年
- 2024年
分刻みのスケジュールに追われ、家族団らんの時間が無かった会社員時代。そんな木村さん一家の運命を変えたのは、群馬県藤岡市のゲストハウスで過ごした一夜でした。
温かな人とのつながりの中で手に入れた、「かつては想像もしなかった日常」とは。移住の鍵となったゲストハウスオーナーであり、移住定住支援員でもある岩本さんの視点と共に、その物語を紐解きます。
目次
支援金よりも、家族や地域とのふれあいを選んだ移住。
神奈川県川崎市で港湾の作業船に乗り、会社員として働いていました。不規則な勤務が多く、妻もフルタイム勤務。家族全員が分刻みのスケジュールに追われ、家族団らんの時間はほとんどありませんでした。「もっと自然の近くで、時間に余裕をもって暮らしたい」。そんな思いが次第に強くなり、移住を考えるようになりました。
移住先は、姉が住む長野と実家のある埼玉の中間地点である群馬県。最初に訪れたのが、藤岡市鬼石でした。市の「田舎暮らし体験旅」を知り、移住定住支援員の岩本哲さんが運営するゲストハウス「さんと宿(す)」に家族で宿泊。地域おこし協力隊の方に空き家を案内してもらい、先輩移住者の話も聞くことができました。「ここに移住しよう」。帰る頃には、家族全員の答えは同じでした。
決め手になったのは、地域の人との距離の近さです。岩本さんをはじめ、人と人をつなぐ引き出しを持っている方が多い。移住前から月に1度は鬼石に通い、さまざまな人を紹介してもらいました。実は藤岡市には、都市部から移住し指定企業に就職すれば、家族4人で最大400万円の支援金が受け取れる制度があります。その制度を受けられる就職をするか最後まで迷いましたが、夫婦で話し合い「やりたいことを優先しよう」と決断。ずっとやりたかったスリランカカレーを生業に、個人事業主として生きる道を選びました。
もし企業への就職を選択していたら、以前と同じ生活が続いていたかもしれません。今は仕事の時間を調整できるので、17時頃に子供を迎えに行き、寝るまで一緒に過ごせる。家族の時間は大幅に増えました。
体験ツアーで出会った人との交流も続いています。岩本さんたちと早朝に山を1時間ほど歩く「朝活」も日課になりつつあります。時間に余裕ができたことで、味噌や醤油、米作りのメンバーに加えてもらうなど、地域の活動にも自然と関われるようになりました。

現在の木村さん一家
地産地消にこだわるカレーへ、農家の方との出会いで変わった価値観。
カレーを始めたきっかけは、体調を崩し菜食になったことでした。もともと料理が好きで、川崎のスリランカカレー店で修行をさせてもらった経験もあります。移住を機に「鬼石ならできるかも」と思えたのは、移住者に個人事業主が多く、シェアキッチンやマルシェ文化が根付いていたから。2024年に移住し、現在は間借り営業や料理教室、週末には群馬や埼玉でのマルシェ出店を行っています。料理コンテストの本選に進出するなど、少しずつ活動の幅も広がってきました。
事業のコンセプトも「伝統的なスリランカカレー」から「地産地消」へ。移住後、地元野菜の美味しさに魅了されたことが大きな転機でした。朝の散歩中に「一個持ってけ」と声をかけられたり、家に戻ると玄関に野菜が置いてあったり。そんな農家の方との顔の見える関係から、今のカレーが生まれたのです。美味しくて、つくり手の想いが伝わる野菜を、もっと多くの人に知ってもらいたいですね。

地元野菜で作られたスリランカカレー
子どもたちは少人数校でのびのびと。祭りがつくるコミュニティ。
移住当時、子供たちは保育園と小学3年生。川崎の大規模校から、一学年10人程度の学校への転校に不安もありましたが、初日から「楽しい」と笑顔で帰ってきました。子供一人ひとりの個性を理解し、手厚くサポートしてくれていると感じています。休日の過ごし方も変わりました。以前はショッピングモールに出かけることが多かったのですが、今は地域の川や公園で遊ぶのが当たり前の暮らしです。
そして、鬼石を語るうえで欠かせないのが夏祭り。子供たちは「やりたい!」と2か月前から太鼓の練習に参加。本番2週間前には毎晩練習が続きます。私たち夫婦も屋台ばやしを練習。家族で地域に溶け込んだことで、今年は屋根の上で提灯を振る「屋根係」も任されました。祭りと聞くと都会の方は戸惑うかもしれませんが、参加は強制ではありません。自分のペースで関われるので誰でも大丈夫。当日、山車を引っ張るだけでも大歓迎です。町全体にウェルカムな雰囲気があります。
現在は、先輩移住者と一緒に地域を盛り上げる活動にも参加しています。来年からは、鬼石の人材特性を生かした新しいプロジェクトにも関わる予定です。地域の人との触れ合い、子育て環境の良さ、そして自分のやりたいことを優先できる自由度。会社員時代には想像もしなかった暮らしが、鬼石で現実になりつつあります。

鬼石夏祭り
移住支援者の視点から――移住定住支援員、鬼石ゲストハウス「さんと宿(す)」運営 岩本 哲さん

人口が減っても、祭りが盛んな地域は大丈夫だと思います。
鬼石は、林業や材木水運の宿場町として栄え、その後は三波石の採掘でも活気を見せました。今は観光資源が多いわけではありませんが、元石材店の方など、元気で個性的な人が多く、地域にはパワーがあります。
まちに馴染むために、私が勧めているのが夏祭りへの参加です。このまちは祭りがすべて。祭りがなくなると、まちは終わってしまう。コロナ禍で中止になった時、地域の活気が一気に失われました。祭りには爆発力があり、一体感がある。何より楽しいですから。私自身も、ゲストハウスを開業した直後がコロナ禍で大変でしたが、地域の助けで乗り越えることができました。だからこそ、その人たちの魅力を伝えたい。木村さんのように、この地域を気に入ってくれる人が増えること。それが今の仕事のやりがいです。
【関連リンク】鬼石ゲストハウス「さんと宿」
(※このインタビューはふるさと回帰支援センター発行の情報誌「100万人のふるさと特別号『移住する人 支える人』」の内容をWEB用に一部再構成したものです)

「キムランカ食堂」運営 木村 博明さん / きむら ひろあき
神奈川県出身。2024年5月、家族4人で群馬県藤岡市鬼石に移住。野菜料理研究家、ヴィーガン活動家、環境活動家として多角的に活動する。同年6月より「キムランカ食堂」を運営。
■関連リンク
「キムランカ食堂」Instagramアカウント(@kim_lanka_restaurant)