周防大島への移住で実現。人生100年時代の “幸せな働き方”
ひじき漁師、ひじき生産者 榮 大吾さん
- 移住エリア
- 千葉県→山口県周防大島町
- 移住年
- 2018年
“瀬戸内のハワイ”として人気の離島、山口県の周防大島に移住した榮(さかえ)大吾さんは、政府系金融機関のバリキャリから離島のひじき漁師へ転身するという異色の経歴を持つ人です。人生に迷った20代後半、榮さんが見出した“一生幸せに働き続けるための移住先選び”とは?
目次
一生働きながら幸せに生きるための条件
「転勤するまでは、地方移住という選択肢がそもそも頭になかったんですよ。ずっと都市部のオフィス街で働いていましたし、地方都市の名前すら思い浮かばないくらい田舎暮らしの解像度は低かったと思います」
そう語る榮さんが移住を思い立ったのは、25歳で東京から広島市へ転勤したのがきっかけだったそう。「造船など重厚長大な産業が多い瀬戸内を見たい」と勇んで広島入りした榮さんでしたが、引っ越し直後に先輩から呼び出され、向かった先はなんと街コン会場。そこで今の奥様と出会い、予想もしていなかった充実の日々が始まりました。

銀行マンだった頃の榮さん。田舎暮らしは頭の片隅にもなかったそう。
「お前、何しに地方に行ったの?と同期にはからかわれましたが、とにかく妻との出会いが大きかったですね。彼女とはすぐに意気投合して、週末ごとにデートに出かけるようになったんですが、二人とも自然が好きだったので県北の山へ行ったり、瀬戸内の海へ行ったり。そうするなかで『自然の中で暮らすのもいいよな』と感じるようになりました」
もうひとつ、榮さんの中に芽生えたのが「自分の腕1本で生涯働いて生きていきたい」という思い。2年間の広島勤務を終え、結婚して奥様との東京生活が始まったものの「このまま定年まで銀行にいる人生でいいのか?」と将来のキャリアについて悩むようになったといいます。
「自分にとって理想的の生き方って何だろう?と考えて、それは“生業を持って生きること”と気づきました。自分の仕事が誰かのためになり、それによって自分も幸せになれる、そういう事業を生涯現役で続けたいなと。人生100年時代は、定年してからの人生が40~50年もあります。だったら定年後に新しい人生を始めるより、気力・体力があふれているうちに人生の後半戦を含めて生き方を考えてみようと思ったんです」
そして、それを実現するには地方移住がベストだと導き出し、起業・移住へ向けて動きだすことになりました。
「移住先の条件として、一度や二度失敗しても再起できるように固定費が低い場所がいいなと。たとえ事業がダメになっても、最低賃金で働いて夫婦で月20万円稼げればなんとか生活できると試算しました。さらに、高齢化が進んで農業や漁業などの担い手が減っている場所。そういう場所へ行けば自分の希少価値が上がると考えました」
あえて厳しいことを言ってくれる人の大切さ
移住先は「広島出身の妻の実家から車で1時間半圏内」を中心に、中国~九州エリアで検討しました。榮さんは、まずは現地の人と縁をつくろうと大規模移住イベント「JOIN 移住・交流&地域おこしフェア」に参加。そこで出会った「ふるさと回帰支援センター」の相談員が親身になってくれたのが印象的で、日を改めて有楽町の支援センターを訪問することにしました。話を聞いたのは、広島県、山口県、岡山県、そして鹿児島県の相談窓口。
「どこの県の相談員さんも、総じてアドバイスが的確で、役立ちそうなイベントを教えてくれたり、人とつないでくれたりして頼りになりました。なかでも山口県担当の平尾さんは『現実はそうじゃないよ』と、言いづらいことをちゃんと言ってくれたのがよかった。『あなたはどうしたいの?』と聞いてくれて、自分と本気で向き合ってくれているのが伝わってきたんです」
その後、いくつかの地域の現地視察を経て最終的に選んだのが瀬戸内に浮かぶ山口の離島、周防大島でした。お試し暮らし住宅に滞在しながら、地元の住民と積極的に交流。そのときの体験が移住の決め手になったと榮さんは言います。
「島に着いた翌日に、当時の移住担当の方に1時間半詰められたんですよ。『本気かねぇ、甘いんじゃないんかねえ?』って真剣に話をしてくれたんですよ。他の方にも同じ真剣さを感じました。こいつは、本当に島でやっていけるのか、ミスマッチにならないか、島民の立場でリアルな思いをちゃんと開示してくれているのが伝わって。自分で道を切り開いている自営業の先輩方も、バリバリ働いているジイ様バア様もたくさんいて、ああもっとこの人たちの話を聞きたいなって思ったのが、周防大島に惹かれた一番の理由ですね」
そうして榮さんは島に通って家を確保し、周防大島への移住を実現することになりました。

甘いところは「甘い」、と自分のために真剣に話してくれた島の人たち
人とのつながりを楽しみながら生きる
2018年10月、はれて島の住人となった榮さんは、Web制作などの個人事業を続けながら、人づてに紹介された、地域の集落支援員に着任。集落の巡回や生活支援を行う仕事でしたが、そこで知り合った住民のなかに、ひじき漁を手がけるベテラン漁師がいました。最初は怒られてばかりだったそうですが、「釣りが好きなんですよね」と話しかけるうちに家に招かれるようになり、やがてひじき漁を手伝うように。今ではひじき漁師として独立し、島の漁業を支えるだけでなく、ひじきの商品化・オンライン販売も手がけています。さらには耕作放棄地を開墾して野菜づくりや里山体験プログラムを企画するなど、活躍の場を広げています。

夜明け前の真っ暗な崖を降り、磯場でひじきを刈る。日が昇ったら船でひじきを運び、天日干しをくり返す。重労働ながら「ひじきづくりはデスクワークでは味わえない喜びがある」と榮さん。
「今が理想の暮らし方なので、これを110歳まで続けたい」とエネルギッシュに活動する榮さんに、移住希望者へメッセージをいただきました。
「移住を成功させるには、とにかく人に会って話すことに尽きると思います。仕事も家も、誰とどうつながれるか、が鍵。人と人との距離が近いコミュニティの営みの面白いところですよね。その意味でも、ふるさと回帰支援センター経由だと、最適なルートにたどりつけると思います。センターの後ろには自治体や先輩移住者がいて、その人たちにつないでくれるので。迷ったらセンターへ行け!と伝えたいですね」

2025年には第一子が誕生し、家族でますます充実の島暮らし
移住者の受け皿が大きい周防大島―ふるさと回帰支援センター・山口県担当相談員 平尾祐子さん
榮さんを担当した山口県担当の平尾相談員も「周防大島は懐が深いのが魅力」といいます。
「初めて榮さんにお会いしたとき、地方創生の企画書を出して『自分はこれをやりたいんだ』と、おっしゃっていたんですよ。彼のやりたいことを考えると広島や岡山の都市部のほうが力を発揮できるのかなと思いましたが、周防大島は全国に先駆けて移住に力を入れていた地域。先輩移住者もたくさんいたので、まずは島の空気感を知ってもらえたらと思い、都内で先輩移住者にお会いできる場をセッティングしました。その後、島でお試し移住を体験されたら、ビックリするくらい少年みたいな顔になっていて。『妻とボーッとする時間を楽しんだ』と言っておられて、ええ感じで肩の力が抜けたなと思いました。周防大島の移住者は若手から高齢者まで幅広く、若い世代のチャレンジを応援してくれる環境もあります。そういうところが榮さんにハマったのかなと思いますね。
センターでご相談を受けるとき、私はエリアも大切ですが、「人」も重視しています。移住コーディネーターや役場の職員、地域の方など、「この人と合うんじゃないかな?」という方におつなぎするんです。そうすると不思議とうまくいくことが多いんですよ。特に周防大島は移住者の層が厚くて、官民挙げて移住者を受け入れようという思いが脈々と受け継がれているのがすごいなと思います。
センターに相談にいらっしゃる方は、榮さんのようにいろんな県のお話を聞くのがおすすめですね。山口に移住したいと思っても、もしかするとその人にとっては他地域が合う可能性があります。ぜひいろんな県を比較検討してほしいですね。隣県の相談ブースに行くのを気にする方もいますが、相談員はまったく気にしていませんよ。移住しなくても山口に関心を持ってくれただけで嬉しいし、相談員はみんな、その人にとって一番合う場所が見つかることが幸せですから」

「企画書を持っていらっしゃった時は、びっくりしました(笑)」と平尾相談員

ひじき漁師、ひじき生産者 榮 大吾さん / さかえ だいご
1989年生まれ、神奈川県横須賀市出身。慶応義塾大学法学部卒業後、日本政策投資銀行に入行。2018年に退社して山口県・周防大島に移住。2019年よりひじき漁師として活動するほか、農業、オンラインコミュニティ運営、Webメディア運営・マーケティング、コンサルティングなど複数の事業を手がける。“ひじき漁師さかえる”の名で日々発信されるXはフォロワー2.1万人を超える大人気。
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ひじき漁師さかえるWebサイトー脱サラ地方移住