地域のトピックス

人生のS暮らすSAGA Vol.21 佐賀を アウトドアの聖地に

Vo.18 鳥栖市  Vol.19 小城市  Vol.20 佐賀市  Vol.21 唐津市

2015年から5年間、毎年放送されたテレビミニ番組「人生のS暮らす」。登場移住者も5年間で21人に上ります。九州では高視聴率の人気番組です。
移住希望地の佐賀県視察ができない今、移住者の生活を通して現地を感じてみてください。

古川陽進さん

古川陽進さんの人生のS暮らすこちら

大自然の中で不便を楽しむ生活を満喫!

【佐賀県へ移住(Uターン)したきっかけ】
生まれ育った唐津に戻ったのは、愛着があるのはもちろん、九州のアウトドアが遅れていることが気になったからです。アウトドアを生業にされている方もあまりいません。福岡の方も佐賀県を訪れると「佐賀にこんなところがあったんだ!」と驚かれます。沖縄まで行かなくても唐津でできる遊びがたくさんあります。もっともっと佐賀のアウトドアを開拓したいと思ってUターンを決意しました。

【移住に際しての不安】
仕事に関して、まだ関東周辺に比べたら佐賀県にはアウトドアツアーという遊びの文化も定着していないため、アウトドア1本で食べていけるかの不安はあります。20年ぶりの故郷のため、昔の知り合いも県外にいる人が多く、人脈はほぼ一から。ただ、子どもたちが唐津に住むことを楽しみにしていてくれたのが救いになりました。

【移住してからの暮らし】
先ずは家探しが苦労でした。足を使って探し、理想のロケーションで見つけた築90年の古民家は、15年も空き家のままで家財道具も残った状態。ただ、協力的な大家さんと家族全員が気に入ったため購入を決意しました。屋内の片づけや外壁の塗装、森みたいになっていた庭の木を切って毎日家族で草むしりもしました。今では芝を敷いた快適な庭になり、子供たちも庭で採れるブルーベリーやきんかん・ビワなどをおやつにして楽しんでいます。
神奈川では光化学スモッグ警報で外に出られない日もありましたが、唐津では全く心配なし。
唐津を元気にしたいという方々の紹介やご縁も頂けるようになりました。商工会に入り青年部の仲間ができ、飲み会に参加したりと人脈も増えました。奥さんも学校PTAなどに積極的に参加し、次女は少年消防に入って地元のために頑張り、兄弟姉妹は友達と自然の中で生き生きと遊んでいます。

【これからの夢や目標】
今は夏の季節を中心とした仕事になっていますが、もっと1年を通して遊べるようなアウトドアツアーの仕組みを作りたいです。関東や関西のお客さんが多いので、佐賀の良さを知ってもらって知り合いに広めて欲しい。未開拓の素敵な遊び場がまだまだたくさんあるから、時間はかかるかもしれないけれど人が自然と集まる場所にしていきたいです。子供たちもいずれ都会に出てしまうかもしれませんが、「唐津で暮らせて良かった」と思えるような体験をたくさんしてほしいと願います。

【移住をされる方へアドバイス】
全国的に移住に対する取り組みはぐんと進んできたと感じます。都会でそれなりに仕事が出来ている人は、田舎では仕事を作りやすいし、そうでなくても人手不足の今、求められる場は必ずあります。仕事も複数持つといいでしょう。先ずはやってみたいことはやってみるべき。それから何が自分に合っているか、フレキシブルに考えてみてもいいのではないでしょうか。田舎は暮らしにくいと言う方もいますが、不便を楽しめるゆとりがあるのも田舎ならでは。ほんのちょっと見方を変えてみると仕事も暮らしも幅が広がります。

古川さん以外の移住者の人生のS暮らすこちら
古川さん以外の移住者のインタビューこちら

さが移住サポートデスク 移住コーディネーター

矢野

プロフィール

佐賀県佐賀市で小・中・高校の12年間を過ごす。福岡の短大に進学後、ワードプロセッサのインストラクタとして勤務。結婚を機に夫の東京転勤にともない千葉県浦安市民に。2人の子育てをしながら、IT関係に従事。2016年7月より「さが移住サポートデスク」の移住コーディネーターとなる。

相談員から一言

都心に近い場所で子育てをしてみて、思い出すのは佐賀市で過ごした幼少期。きれいな川で魚をとったり、れんげ畑で花飾りを作って時間の経つのも忘れて遊んだ日々。高校卒業30周年イベントで久しぶりに帰った佐賀は、きれいな街にはなってはいたものの、まだ自然がたっぷり。こんな場所で子育てできたら、という思いを改めて強くしました。福岡、長崎へのアクセスも便利で、教育にも熱心な佐賀県。多くの海、山の名産品と奥深い文化・芸術を是非皆様にお伝えしていきたいと思っています。