芸人生活の中で気づいた実家の味

「そうか、自分が継がなければ、この梨はもう食べられないのか」

中村圭佑さんが地元へのUターンを意識したのは、ふとした気づきが始まりだったという。故郷は、南九州の山間部として知られる宮崎県小林市。霧島連山と九州山地に囲まれたこの地で、実家では曾祖父の代から梨園を営んでいた。ただ、家族経営の小さな農園だったこともあり「仕事を手伝ったこともないし、跡継ぎの話もされなかった」というほど梨は縁遠い存在だった。

そんな中村さんは愛媛で大学時代を過ごした後、「自分を励ましてくれたお笑いの世界へ入りたい！」と、大阪のNSCへ入学。吉本興業のお笑い芸人・中村圭之介として10年間活動し、事務所退所後も東京で独演会やトークライブ、本の出版などマルチに活動していたある時、妻から何気ない言葉をかけられたことで心が動いた。

「初めて妻が実家の梨を食べた時に『こんな美味しい梨を食べたことがない。絶対になくしたらダメだよ』と言われたんです。その後、実家で梨園の手伝いをして、SNSでその様子を発信したら、いろんな方が梨を買ってくれて『美味しい』とメッセージが届いたんです。うちの梨ってそんなに美味しいのかと思うと同時に、親父がやめたらこの梨もなくなるんだなと、タイムリミットを意識するようになりました」

梨の出荷作業にて、妻の朋子さんと。梨園の様子はインスタLIVEなどで日々発信中

母の大病を機に梨園の承継を決意

それ以来、梨の収穫期になると東京から実家へ戻り、作業を手伝うようになったという中村さんだが、2023年、母親のガンが発覚。母の近くにいたいという思いと、両親の梨園を自分が守りたいという思いがあふれ、「小林へ帰ろう」と決心した。最愛の母はまもなく亡くなったが、「梨園をやったほうがいい」という妻の後押しもあり、移住へ向けて動き出すことになった。
とはいえ、親の転勤で小学校時代に地元を離れた中村さんにとって、小林は“故郷だけど、よく知らない場所”。梨園だけで生計をたてるのは難しいこともあり、どんな働き方ができるのか不安があった。そこで、ふるさと回帰支援センターを訪ね、求人情報や移住支援金について詳しく教わった。

「特に移住支援金をいただけたことが大きかったです。地元での暮らしに欠かせない車の購入にあてることができましたし、東京からの移住は費用がかさみますので、親身に相談に乗ってもらえて心強かったですね」

地元のお祭りなどでMCを務めることが多い

住んでわかった小林の面白さ　自分なりに伝えていきたい

約10カ月の準備期間を経て、中村さん夫妻は2024年7月に小林市へ移住。現在は市内の飲食店で働きながら、父と共に梨と向き合う日々だ。

「小さな梨園だと思っていましたが、こんなにやることがあるのかと驚きました。でも、季節の変化を目の当たりにできることが新鮮で。生命力を感じるし、自然と生きている実感があります」

梨づくりは虫と、病気との戦い。時期に応じてしかるべき対処をしなければ、美味しい梨は作れない。「自分が父の域に達するには時間が足りない」と感じ、市役所の農業課や農協を訪ねて専門家の指導を受けたり、近隣の農家さんから協力を得ながら絶賛修業中だ。
就農支援の会に積極的に参加するかたわら、「いろんな人に会いたくて地元の飲み会になるべく参加している」という中村さん。そうしてできた縁からイベントMCの依頼が舞い込むようになり、最近では小林観光アンバサダーにも抜擢。「トークの仕事がこんなに早くできるとは」と本人も驚く展開だ。

「一番の目標は、梨園を存続・発展させること。梨園が盛り上がることが、小林が盛り上がることにつながればいいなって思います。住んでみて初めて、面白い人がいっぱいいることに気づきました。活気ある小林に貢献できたら嬉しい」

11月には地元で初の単独トークライブを計画中。 “梨と笑いでみんなを元気に”という中村さんの夢が、小林を舞台に花開いていきそうだ。

3代目小林観光アンバサダーとして活動中（写真右）

（※このインタビューはふるさと回帰支援センター発行の情報誌「100万人のふるさと」2025初秋号の内容をWEB用に一部再構成したものです）