地域のトピックス

渋沢栄一夢の始まりの地ぐんまへ 蒸気機関車の旅

【群馬アフターDC4~6月】

大型観光企画「群馬デスティネーションキャンペーン」の関連企画アフターDCとして、
JR東日本が観光列車を運行します。
蒸気機関車(SL)や旧型客車そして電気機関車(EL)を出動させてぐんまの魅力発信!

そして、江戸徳川幕府後の日本経済発展に大いに活躍した「渋沢栄一」と群馬県との関わりのある場所を見学する「渋沢栄一ゆかりの地を巡るツアー」を実施。

●(4/3)【力あわせるぐんま号】SLD51で旧型客車6両編成(高崎駅~水上駅間)。
群馬交響楽団のバイオリンとビオラ奏者同乗して社内で演奏。

●(5/15)夜間に特別営業の碓氷峠鉄道文化村(安中市)へ
SLと電気機関車(EL)】を運行(高崎駅~横川駅間)。

●群馬県の地酒と食を楽しむ観光列車【Shu*Kura】を上越線(6/26)・吾妻線(6/27)で運行。

●渋沢栄一ゆかりの地を巡るツアー(1泊2日)
ルート:深谷市⇒磯部温泉宿泊⇒碓氷製糸⇒冨岡製紙場

JR東日本ニュース

 

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群馬県と渋沢栄一との関りをご存じですか?

渋沢栄一は武蔵国榛沢郡血洗島(埼玉県深谷市)で生まれ上州の山々や利根川を見て育ちました。
境島村(群馬県伊勢崎市)の田島弥平宅(世界遺産)とは3キロほどの距離で姻戚関係でもあり蚕種会社設立時の際には力を尽くしました。

幕末の騒動の折、高崎城乗っ取り計画(未遂)のあと京都へ逃れ、のちの徳川将軍の一ツ橋慶喜のもとに仕えました。幕臣となった栄一は「パリ万博」へ出席する機会に恵まれ、西洋文化に触れて見識を深めることとなります。

その後、明治政府の殖産興業政策の下、群馬県富岡製紙場(世界遺産)の設置主任として赴任、いとこで学びの師尾高悦史を初代場長に抜擢しました。

いかがですか?
2024年度には1万円札の顔にもなる渋沢栄一さん。
いま話題の渋沢栄一さんと群馬県の繋がりを体感したくなりましたでしょうか?

過ごしやすい季節になってきましたので、「群馬デスティネーションキャンペーン」を活用し
群馬県へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

現地へ行く前に「群馬県について、暮らしの観点でも話を聞いてみたい」という皆さまは、
是非【ぐんま暮らし支援センター】へお越しください!
群馬県移住ポータルサイトもご覧になってみてください。
ぐんまな日々

ぐんま暮らし支援センター ぐんま暮らし相談員

藤田・上原

プロフィール

藤田:生まれも育ちも群馬県高崎市。地元の大学を卒業後、旅行会社に勤め前橋営業所勤務からスタートし、東京転勤を機に東京定住となった。旅行会社を卒業後、ぐんまちゃん家で観光案内員の仕事をしたご縁で現在の相談員となる。

上原:群馬県安中市出身。高校まで県内の関東平野で暮らす。「雪のある土地で暮らしてみたい」と秋田県の美術短大で下宿生活を送った後、工芸職の仕事を求め愛知県で就職。その後、群馬に住む家族をサポートするため東京で転職し、安中市磯部温泉でのボランティア活動を通じ地方移住を考える。2020年4月より「ぐんま暮らし支援センター」相談員として着任。

相談員から一言

藤田:ぐんまの魅力は、5つあります。都心からの距離感(100キロ・1時間)、交通網の充実(新幹線・高速自動車道・5つの鉄道)、豊富な水資源・長い日照時間により全国有数の農業県、全国2位の物価の安さ、そして強固な地盤に守られた安心安全な土地柄、子育てに最適です。一度おいでください。

上原:首都圏と農村地の両方に手が届く群馬県は、「ちょうどいい」暮らしができる土地です。海はないけれど、川の恵みを受けた豊かな農作物がとれるほか、「上毛三山」に代表される自然も絶景です。何気ない日常を送る中で「ちょっといいぐんまの魅力」があります。仕事も遊びも選んで生きていける、選択肢が豊富な群馬県での暮らしを一緒に考えませんか?