移住ストーリー

覚悟を決めなくても気軽に移住できるまちで子育てと盆栽

東京都→奈良県橿原市
2016年移住
塩津丈洋・久実子さん
「塩津植物研究所」経営・盆栽職人

奈良県橿原市十市町、十市(とおいち)城址や秋のだんじり祭りが今も残る古い集落に「塩津植物研究所」はあります。2016年、塩津丈洋さん、久実子さんご夫婦は東京からこの地へ移住してきました。
丈洋さんは東京都内で盆栽職人の元にて修業し、草木の生産や培養、治療を主とした塩津植物研究所を設立されました。

雑木に松柏、山野草、生産した草木と日本各地より集め育てた草木を揃える種木屋を営む塩津さんの、奈良県橿原市での生活について伺いました。

植物たちとの暮らしを求めて橿原市へ

もともと関西出身の塩津さんご夫婦は、仕事の関係で東京23区内や郊外にも暮らしていましたが、移住を考える中でせっかくなら地元の方が良いと、久実子さんのご実家がある橿原市へ戻って来られました。 移住の経緯について丈洋さんはこう話します。

「東京にいた時は盆栽教室や店舗装飾、展覧会などの仕事が中心でしたが、種木の生産や培養を本格的に始めようと思ったとき、やはり都内では土地の広さに限界を感じました。都心部を離れて更に東京の奥や埼玉で規模を広げるのはどうかと検討してみた時に、それならばいっそ東京近郊にこだわらず、関西も視野にいれてはどうかと考え始めました」

植物たちとの暮らしが長くなるにつれて、引っ越す(拠点を移す)ことは容易ではなくなってきます。その土地に長く根をおろすことになるならば、自分たちのルーツでもある関西が良いのではと、最終的に戻ってくることを決めたのでした。

広い敷地で丁寧に育てる丈洋さん

「次の拠点を検討していた時に、ちょうど奈良に帰省するタイミングがあり、偶然実家の土地を訪れることがあって。私の祖父の土地なのですが、風通しや日当たりも良く井戸水も湧いていて、ここなら豊かに種木を育むことができるだろうと思いました。でもどちらかというと、私よりも丈洋さんがこの土地に直感的に可能性を感じてくれたようです。ありがたいですね」

そう語る久実子さんも、実際に再び橿原市で暮らしてみると、昔は当たり前に思っていたことが久しぶりに戻ってくるとちょうど心地よく感じたそうです。空が広くて気持ちいいなと今でもよく思い、都会と田舎両方にアクセスできるのもポイントとのこと。
そして和歌山県新宮市出身の丈洋さんは、橿原市には多様な選択肢があると感じたそうです。

「僕は生まれが田舎なので海、山、川しかまわりにありませんでした。今でこそ、豊かな自然に恵まれた美しい場所であり、それが自分のルーツだと思いますが、子供の頃は早く都心に出たいと思っていましたね。そう考えると橿原市にはいろんな選択肢があると思います。山間部に住んでいると、子供は高校から町に出る必要があったり、仕事の種類も限られてくるので、そこでずっと暮らしていくのは難しいかもしれません。橿原市は、こうしたいと思えば選択肢から選べる場所だと思います」

「商売をする上では近鉄大和八木駅付近などがアクセスも良い」けれど十市町を選んだのは、久実子さんの実家の土地が空いていたのも決め手の一つだとか。もちろん、ただ空いていたから選んだという訳ではありません。何年も荒れ放題だった状態の頃からいい風が流れる気持ちの良い場所で、自分たちが生きる場所としてこの場所を活かせればと思ったからだそうです。
植物の育成や盆栽の販売を始めたことに対して、地域の方はどんな反応だったのでしょうか。

「駅からのアクセスも決して良くは無いし、路面沿いでもなく住宅街の中にありますから、家族やご近所の方からも心配され、『近所に看板を建てた方がいいのでは?』『わかりやすいように看板を敷地内に置いていいよ』と言っていただいたり、皆さん気にかけてくださって、ご近所の方には感謝しています。奈良に住みながら東京との二拠点的な仕事の方法も考えていましたが、6年間住んでみて、実際にここで仕事も暮らしも成り立つことがわかりました」

と丈洋さん。「盆栽」というと年配の方向けのイメージですが、どういったお客さんが来られるか伺いました。

「盆栽なのでやはり年配の方から、植物好きな親子までいろいろです。すでに何年も盆栽を楽しまれている方や、新たな趣味としてこれから盆栽を始めてみたいという方、カップルやご家族など。植物好きの小学生から上は80代~90代の方までと、年齢層は幅広いです。植物、自然に触れあいたいと思う優しい方が多いと思います」

ストレスのない田舎暮らしと地域とのお付き合い

橿原市内でも駅前のマンションや新しい住宅街と異なる古い集落で住まいと事業が始まりましたが、暮らしやすさにも満足されている様子。

「都会に比べて田舎はびっくりするくらい地域とのつながりがあります。東京ならすれ違って挨拶するくらいですが、毎月の当番とか、集まりとか。でも橿原市はそれがストレスなく、みんなサポートしてくれる感じがいい。ご近所の方は子供の名前も覚えてくれていて、道で出会うと声をかけてくれたり、野菜が多く採れたらお裾分けし合ったりと、ご近所さんの顔が見える暮らしです」

息子の楠くんも盆栽作りをお手伝い

当番や会合など一見面倒と思われるかもしれない地域との繋がりこそが自分たちにとっては地域で暮らす意味なのでは、と楽しんで参加しているそうです。
集落に十市御縣座神社があって秋祭りの際には、地域のだんじり7基が宮入りするところは見もの。この神社のご神木(杉、ヒノキ)からこぼれた種を塩津さんのところで苗に育てて、神社守の方に返されているとか。

「植物研究所の目の前のだんじり倉庫にも七基のうちの一つが保管されています。橿原市の有形民俗文化財に登録されている由緒あるもので、だんじりを目にするのは秋祭りの時や年末年始と年に数度だけですが、地域の方に代々大切にされてきた特別なものという厳かな雰囲気があり、そういう存在が身近にあるのは、自分にとっても子供にとっても良いものだと思います。十市御縣座神社も奈良時代から祀られていた古社と聞きますが、ご神木が社の上に大きく傾いているのがいつか倒れてしまうのではないかとを地域の方が心配されていることがきっかけで、こぼれ種から芽吹いた幼木を研究所で何年か守り育てて、昨年末に神社守の方にお返しした次第です」

種木屋のためそういった時に頼りにしてもらえると嬉しく、地域に貢献できるのは種木屋冥利に尽きる。丈洋さんはそう語ります。また、興味のあることに活発な方がご近所に多いと感じることもあるのだとか。

「昔からのしきたりは残っているもののご家族が大阪や京都など都心部に出られている方も多く、橿原市は田舎の要素もありつつ感覚が開けている印象ですね」

歴史に囲まれた子育て

息子の楠くんは3歳ということで、市内の保育所に通っています。子育て環境についても伺いました。

「保育所の目の前が藤原宮跡なので、広々とした草原に四季折々の花々など、伸びやかで美しい景色が日常になっています。春は桜と菜の花、夏は蓮池、秋は一面のコスモス畑など、吹き抜ける風と草花がとても気持ち良い場所。園庭から藤原宮跡が見渡せて、そういった歴史・文化に囲まれた子育て環境はとても恵まれている思います」

地元の人には当たり前になっている環境ですが、歴史ある奈良の風土も丈洋さんは気に入っている様子。とはいえ、子どもを育てる上でやはり心配していた点もあったとか。

「一番心配していたのは病院、保育所、幼稚園でした。でも市内には病院、小児科が多くありますし、私立も含めると、保育所も多いです。何ヶ所かを周って、実際に先生方とコミュニケーションをとってみて、自分や子どもに合うと思ったところを選べるという自由度の高さがいいですね」

保育所に関しては市役所の方に親身に相談にのってもらい、久実子さんも安心したそうです。
休日のお出かけ先について伺ったところ、楠くんのお気に入りである橿原市昆虫館にはよく行かれるとのこと。

お父さんの真似。お気に入りの盆栽もあります

「他には図書館にも毎週通っています。絵本の数が多かったり、リクエスト制度があったりして、大人も楽しい施設です。東京から友人が来たらよく橿原神宮を参拝しますし、買い物はイオンモールやホームセンターなど アクセスが良いので助かっています」

気軽に移り住める町でスタートしてみて

最後に、地方への移住や田舎暮らしをしたい方へのアドバイスを伺いました。

「移住を希望されている方、田舎での暮らしに憧れをお持ちの方は、田舎の雰囲気や景色だけを見ていると理想と現実とのギャップを感じることもあるのではないかと思います。都心部からいきなり田舎へ移るというのはかなり気合いが必要ですが、移住の足がかりとして、気軽に橿原市に来てもらうというのも良いのではないかと思います」

橿原市について、「覚悟を決めなくても気軽に移り住める町」と丈洋さんは語ります。

「移住というのは、これまでの暮らしをいったんリセットしてゼロから心機一転始めるという気持ちが大きいと思います。でも全てをリセットする一世一代の決断をしなくても、まずはこの町から始めてみようという気持ちでスタートしてみるのも良いのではないかと思います。橿原市は都心と田舎が両立する町、仕事としても暮らしとしても、両方を自在に行き来できる町だと思います」

塩津さんご夫婦と楠くん。広い家で毎日元気にのびのびと過ごしています