移住ストーリー

心にしっくりきた淡路島の暮らし。移住者第一号として、興隆寺の魅力を伝えていく

大阪府→兵庫県淡路市
2019年移住
川淵 朴貴さん
淡路市 地域おこし協力隊

近年のリモートワークの浸透や大企業の本社移転などにより、移住先として注目を集める兵庫県・淡路島。開発が進む淡路市の中でも、興隆寺(こうりゅうじ)地区はみずみずしい自然を残す渓谷沿いの小さな地域です。
国道からいくつものカーブを折り返して坂道を登った先に、ポコっとのぞく緑の屋根。川淵さんはここに移住者第一号として住みながら、地元のみなさんとともに地域活性に取り組んでいます。

限られた世界から、まだ見ぬ景色を求めて

川淵さんが興隆寺に移り住んだのは2020年11月。新型コロナウイルスの感染拡大がはじまった年で、未知のウイルスへの対応に社会が揺れていた頃です。

「学生時代は部活一色。卒業後は調理師の道に進みましたが、ふと限られた世界に縛られている自分に気が付いたんです。変わりたい一心でオーストラリアに飛び出してみたら、いろんな人と出会えて全く景色が違いました。
オーストラリアではキャンプ生活をしていたので、帰国後はキャンプ事業のスノーピーク社に勤めたんです。都会暮らしをするうち再び外の世界に気持ちが向いたのですが、コロナ禍で行けなくなってしまいました」

海外渡航を断念したことから、パートナーの樋口舞さんが先に移住していた淡路島に興味を持つようになったそうです。どういったところが気に入ったのでしょうか。

「海も山もあり、あたたかく、ゆったりできていいなと感じました。福井県の実家やオーストラリアでも自然に触れていたこともあり、淡路島はしっくりきたんですよね。振り返ってみると、コロナで先行きが見えなくなった中、どこか基盤になるものを求めていたのかもしれません」

淡路島の自然の魅力に惹かれると同時に、都会へのアクセスが良いこともポイントだったといいます。

「社会に出てから、京都・東京・オーストラリア・大阪・京都と、都会と田舎を交互に移り住んできたんです。だから、住むなら田舎がいいけれど都会も結構好き。淡路島は、橋を渡れば1時間で神戸にも行けるので、ちょうどいい距離感なんですよね」

庭先でひなたぼっこ。山間部にある興隆寺は、太陽がとても近くに感じられる。

川淵さんの移住後に二人で住む家は、現地の舞さんが主に探しました。淡路市役所を通じて移住相談窓口の『島くらし淡路』を紹介され、移住希望者が短期で住める「暮らし体験住宅」への入居を果たしました。

ただし、暮らし体験住宅の期限は最長3ヶ月。今後の拠点となる家を探す中、淡路市興隆寺地区との縁がつながります。

「たびたび市役所に家探しの相談をしました。ある日『興隆寺でキャンプ場の計画があるから、地域おこし協力隊としてやってみない?』と市職員さんから話をいただいたんです。僕が『淡路島でキャンプ場をしたい』と言っていたからでしょうね。話しておくもんだなと思いました」

そして、家探しのリミットが近づく中、協力隊着任の挨拶で初めて興隆寺を訪れた際に、世話役の方から空き家を案内してもらったそうです。

「地域全体の雰囲気も良く、静かで自然豊か。そして家の佇まいが気に入りました。広いし庭先もあって、目の前の山が本当に綺麗。二人ともが感覚的にいいなぁと思えたことが決め手でした」

こうして、翌2021年1月。住民であり、地域活性化を担う協力隊としての興隆寺生活がスタートすることになりました。

興隆寺が迎える「初めての移住者」として

川淵さんの地域おこし協力隊のミッションは、興隆寺の地域活性化です。課題である人口減少の解決に向けて、地域の雇用創出や交流・定住人口の増加を目的としたプロジェクト「未来へ進む島の里山:興隆寺ヴィレッジ」が計画され、その実行スタッフとして着任しました。

プロジェクトでは、先に竣工したジビエ加工場に加えて農家レストランや定住型農園クラインガルテン、キャンプ場などを構え、興隆寺ならではのおもてなしを楽しんでもらう計画です。

「現在の活動は、主にジビエ加工処理場を拠点に、駆除されたイノシシをさばいたり、書類作成を行ったりしています。さばいた食肉は食品加工会社に卸すほか、興隆寺ヴィレッジ内の農家レストランの食材として訪れた人に味わってもらう予定です」

山間部の興隆寺ですが、かつてはイノシシがそれほどいませんでした。しかし、多くの地域同様に、近年は田畑を荒らされるなどの獣害が目立つようになったそうです。新設されたジビエ加工処理場にはクリーンルームなどの最新設備が揃っているため、獣肉活用の取り組みとして島内外の地域から注目を集めています。

「川淵くんは調理をやっとったからジビエをさばくのも筋がええ」とご近所の猟師・藤岡文雄さん(左が川淵さん)

「建設中のキャンプ場の打ち合わせなども行っていて、国内外でキャンプをしてきた経験を活かせるよう努めています」と川淵さんは話します。

「地元の人からは、湧水の出どころや食べられる木の実の場所など、あちこちを案内してもらっています。淡路島らしい知恵といえば、山には生の玉ねぎを持って入ること。蜂などに刺されたら、針を抜いてから玉ねぎの切り口を擦り付けると痛みが和らぐそうです。そんな地元に伝わる知恵なども、訪れる人たちに僕からも伝えていきたいですね」

協力隊の仕事柄もあり、地元の人と一緒にいることが多いという川淵さん。
「より地域の魅力が実感できるから、住みながら協力隊として活動するのはぴったり」と語りますが、正直なところ、移住者第一号としての不安はなかったのでしょうか。

「僕らは新天地に移ることに慣れていたので、不安はあまりありませんでした。オーストラリアの生活でいろんな人種の人と接してきましたしね。相手への許容範囲が広がって、どんな人も『個性』と思えるようになったからかもしれません。

ただ、地域のみなさんにとっては僕たちが初めての移住者。挨拶はこちらからしっかりしようと心がけました。そして、なるべくオープンな姿勢でいるようにしています。まずは話してみないと分かり合えないですからね」

そう肩の力を抜いて話す川淵さんからは、その場の空気を和ませる魅力を感じました。

イナカの良いところを発信する側に

移住から一年ほどは、島の暮らしに慣れることで精一杯だったそう。「今はプロジェクトの各施設の準備期間。2024年のオープンからが地域活性化の本番です」と力がこもります。

「これからは興隆寺の良いところをどんどん伝える側に回りたいですね。まずはホームページやインスタグラムなどで『興隆寺』という地名を知ってもらうことから始めています」

日本の山間部の多くはスギなどが計画的に植林されてきましたが、現在まで興隆寺には開発の手が入りませんでした。緑は緑でも作られたものではない緑に囲まれていると、優しさに包まれているように感じます。ふと会話が途切れた時、鳥の声や風などの自然の音しか聞こえないことにも気がつきました。

「いわゆるイナカであることが、興隆寺の魅力なんです」と川淵さんは微笑みます。

「原生の植物や、珍しい鳥たち。そんなありのままの自然が載っている『図鑑』を作りたいなと思っています。それに川や滝などもあって、狭い地域の割にはいろんな表情を持っているんですよ。ここを通る空気も瑞々しく感じるほど。都会の人の心を癒すポテンシャルがあるので、伝え方を工夫していきたいですね」

興隆寺が誇る美瀑「ぜんざの滝」。地域に訪れた人々を秘境散策に案内する計画も(写真は川淵さん提供)

さらには、ヨガインストラクターでもある舞さんによるレッスンや、イノシシのバーベキューイベントといったプランも考えているそうです。

「若い人や移住者も増やしたいですからね。僕みたいに、訪れた人が地元の人から何かを教えてもらったり、逆に地元の人もみなさんから教わったり、伝え合う関係になれたらと思います。そんな体験を通じた交流が増えていったらいいですね」

訪れる人や住む人を迎えたい興隆寺の課題についても、川淵さんは考えます。

「もっと若い子のアイデアや行動力が必要だと思っています。施設の運営には、地元の人だけでは手が回らないでしょうから。移住者を呼び込むための家の用意も必要です。
そして、地元の人は若者や移住者に対して『何者や』と構えがちなところが気がかりではあります。そういう気持ちをすぐに変えるのは難しいかもしれないけど、もう少しゆるやかに受け入れる雰囲気になればと思っています。両者の間の立場として、僕に何かできないかなと模索しています」

森林に囲まれた自宅の庭でポーズ。ヨガインストラクターとしても活躍する舞さん(写真は川淵さん提供)

何事も決めつけず、オープンな心で行動してみて

川淵さんに、移住を考えるみなさんへのメッセージを伺いました。

「現実的なところで言うと、暮らし体験住宅のような期間限定の仮住まいができればいいですね。事前情報はもちろん大切だけど、条件ばかり調べるよりも、実際に行動した方がはるかに分かることが多いですから。まず、移住相談窓口に電話してみたり、現地のイベントに顔を出してみたりなど、何かしら動きはじめると色々と縁がつながっていきますよ」

隣で微笑む舞さんからも、こんな答えが返ってきました。

「行かないと分からないことの方が多いと思っているから、もともと想像していなかったよね?私たちは、地域を訪れてみて『ここに住みたいな』と肌で感じ取ることを大事にしました。もし移住に気持ちが動いたなら、その感情に素直になってみると良いんじゃないかな。行くも行かないも、自分が選んだことだから」

自宅の庭先にて。春には山桜、夏には鮮やかな緑と、四季折々の景色が楽しめる

太陽の下、風が吹き抜ける庭先で静かに話す二人は、何事も頭で決めつけず、心の動きを大切にするという自然体の雰囲気に満ちていました。

興隆寺の移住者第一号として、これからどんな暮らしを発信していくのかを楽しみにしています。

(写真・文 上田志保)