移住事例紹介

普通の移住者から、大分県・臼杵市を世界に発信する キーパーソンへ

神奈川県→千葉県→大分県豊後大野市→福岡県→大分県臼杵市
2012年移住
藤沼 美和さん
インバウンドコンサルティング・通訳・ガイド

外国人向け通訳ガイドとして、北は北海道から南は屋久島まで、1年の約半分をガイドに費やす藤沼美和さん。決して楽とはいえない仕事をこなし、疲れた心身を癒すのは、オフシーズンに帰ってくる大分県臼杵市でした。
ご自身が住まう集落の環境とそこで生活する人々の温かさが、藤沼さんの明日への活力になっているといいます。
関東から移住し臼杵市で起業し、穏やかに暮らす術を伺ってみました。

食べ物が生まれる大地に腰を据えたい

東日本大震災が発生した2011年3月、藤沼さんは関東で被災しました。スーパーマーケットの陳列棚からモノがなくなっていく様を目の当たりにし、「食べ物を生産する大地から離れるというのは人間として危ういことではないか」と恐怖を覚え、漠然とした不安を感じたといいます。

これを機にスタートした藤沼さんの移住計画。理想の場所を求めて大分県へたどり着き、臼杵市の今の集落に居を構えたのは6年前のことでした。

「転々とし続けた私が今の集落に居ついたのは、人とのつながりに他ならない」と断言するほど、集落の方との交流を大切にして暮らしています。

車ごと畑におちた! 集落総出の救出劇!!

藤沼さんの住んでいる集落は、城下町のある中心地から車で約15分。山や田んぼに囲まれた自然豊かな地域です。
この集落では、地区の清掃や作業は住民総出で行います。山の水を引いているため濾過をする砂を入れ替える作業をしたり、観音堂に続く道の舗装など、自分たちで力を合わせて行っているそうです。

集落のみんなで未舗装だった観音堂までの道を舗装したときの様子

元旦などおめでたい日には集落の神社で御神酒をいただいたりと、定期的に集まることで顔の見える関係を持続させているといいます。

「私が畑を鍬で耕していると、どこからともなく耕運機を持って手伝いに来てくれますし、野菜のおすそ分けもくださったりするんですよ」と目を細める藤沼さん。

一番の思い出深いエピソードは、なんといっても車をクレーンで引き上げてくれたこと!
「運転を誤って道から車ごと落ちたことがあったんです。集落の人たちがすぐさま駆けつけてくれ、クレーン車をお持ちの方が出動してくださって車を引き上げてくれました。集落総出で助けてくれたんです」。

クレーンで吊り上げられた車。みんな総出で引き上げてくれたそう

こうした付き合いのなかで藤沼さんが感じたことは、
「ここなら、どんな災害が起きても生きていけるのではないか」ということ。

被災した当時から抱えてきた漠然とした不安がスッと消えていった瞬間でした。

集落の人たちと深めたコミュニケーションの大切さ

臼杵に移住する際に紹介されたお家は、お世辞にもいい状態とは言い難い古民家でした。まだまだ現在も補修が必要な箇所があるというから驚きです。

「囲炉裏のある部屋は床に大きな穴があいている状態でした。そこを友人の大工さんに修理してもらったり、障子やふすまの張り替えなど細々と手を入れています。もちろん集落の人が手伝いにきてくれて、色々アドバイスもしてくれますよ」と、不便さを楽しさに変えて暮らしているようです。

床が抜け落ちていた囲炉裏の部屋は、大規模な改修に踏み切った

藤沼さんと話していると、コミュニケーションの取り方が上手な人だというのが手に取るように伝わってきます。

「臼杵の人たちは本当に温かいし、田舎なのに移住者に対してオープンな人が多いと思います。そしてそれ以上に、移住してきた私も可能な範囲で定期的に集落の集まりに顔を出して、関係性を築いていったのも大きかったと思います」と、当時のことを振り返ります。

良い関係性を継続できている所以は、お互いに歩み寄ること。そこにはまず移住者側から動くのが大事なんだと教えてくれました。

先人の知恵を借りながら、田舎暮らしを満喫

田舎での暮らし方はとっても豊か。畑では野菜やハーブを育てたり、梅をもいで梅干しや梅酒、梅ジュースを仕込んだり、味噌作りをしたり、野草を採ったり…。理想とする田舎暮らしをエンジョイしている藤沼さん。

大地にしっかりと根ざした田舎暮らし。自分が食べる分の野菜は充分獲れるし、近所からのおすそ分けで1シーズン越せることも

「昔からある知恵を教わりながら、地元にあるものを最大限に活用して食に変えていきます。食の繋がりが目に見えるのが田舎のいいところです」と、震災当時に強く思った「食を生み出す大地とつながる暮らし」を今や体現していることがよく分かります。

さらに、染色にも挑戦したといいます。

和綿や藍を自分の畑で育て、綿や羊毛を藍や草木で染めたり、化学染料でオリジナルの風合いを出して楽しんだり…。そして糸を紡ぎ、機織りに使用していたそうです。

臼杵でのんびりしながらも、いろんな自然体験の趣味を楽しんでいます

「大分には機織りや紅型を教えてくださる素晴らしい先生がいるので、最近は紅型の型を自分で彫って染色することもしています。都会にいた時に思い描いていた理想の田舎暮らし以上の生活を楽しめていると思います」と、まさに夢のような移住ライフです。

移住は努力なしには成り立たない

ただ、田舎暮らしにも難点があると藤沼さんは言います。
「移住に関していつも思うのが、家はどうにかなる。問題は“職”だということ。自分で仕事を作り出せる人は田舎に残れますが、自分たちが生きていけるだけのお金を稼ぎ出すような仕事を創出するのはなかなか難しい」。

どこの自治体でも問題となるのが、やはり職探し。もともと求人も少なく職種も限られてくる地方では、それがネックとなって移住を断念する人も少なくない現状があります。

「都会にいるうちにリモートワークなど、田舎に住みつつ収入源をある程度確保できるよう準備をしてから移住するのが一番理想的だとは思いますが、それが難しいのであれば、かなり努力が必要になると思います。良くも悪くも人間関係の密度の濃さ、田舎での収入の確保の難しさも含め、そこを乗り越えて得られるのが田舎での暮らしなのだと思います」。

現実的で説得力のある言葉が胸に刺さりました。

ガイドの仕事に携わる中で明確になった、臼杵への想い

藤沼さんの仕事は外国人向けのガイド。彼女、日本人なのですが日本の教育を受けたのは中学校教育のみ。それ以外はすべて海外の学校を卒業しているので、英語はネイティブさながら。

歩くツアーでは、1日で24キロ歩くことも。登山はもちろん、雪山だって登ります

「翻訳や通訳の仕事もしていますが、2014年からは主に外国人向けの歩くガイドをフリーランスでしています。全国の田舎や山へ外国人を連れて歩く仕事です。英語だけではなく文化、歴史、地理、生物学などの知識が必要な面白い仕事です」。

そして、臼杵への移住とガイドの仕事に携わったことが、のちの藤沼さんの人生を大きく左右するきっかけとなったのです。

「私の日本の田舎に対する視野が、この仕事のおかげで格段に広がったと思います。お客さんの質問に真摯に向かい合うなかで、自分の知識が蓄積されていき、日本の田舎に対して外国人が求めるものは何か、何故自分が臼杵という田舎に住んでいるのか。そういうものが明確になってきたと思います」。

そして日本各地の田舎を歩くことで、さらに臼杵への愛が深くなっていったと言います。

「他の地方観光地や過疎地を外国の人たちと歩く中で、多くの田舎に対する質問を受けます。その度に『ああ、やはり臼杵市はいいな』と再認識すると同時に『大分県も臼杵市も、もっとうまく外国人へPRできたら!』という想いが芽生えてきました」。

なぜ人は田舎に惹かれていくのだろうという純粋な疑問と、田舎にお金が落ちる仕組みが作れるのではないか? という思いが藤沼さんに生まれた瞬間でした。

臼杵の人たちに恩返しをしたい! そして起業へ

臼杵に移住して、たくさんの人が藤沼さんを助けてくれました。その恩恵に対して自分ができることをずっと考え続けてきて、導き出した答えは1つでした。

「観光に関わる自分の視点と外国人目線で物事を考えられることが私の強み。自分が貢献できる能力はそこしかない。そうだ、会社を起こそう!」。

そして、臼杵市で起業したのです。

会社名は「グローカルリンク」。「国際的」な意味を持つ「グローバル」と、地方を意味する「ローカル」という言葉を掛け合わせたもの。

「地方と海外を繋げていきたいという意味で「リンク」。グローバルとローカル、そしてリンクの3つの言葉を合わせてみました」と、藤沼さんらしいとっても素敵な社名を引っ提げての船出となりました。

行政とタッグを組んでインバウンドに取り組む

現在、どの自治体もインバウンドに力を注いでいます。臼杵市も例に違わず注力しています。そんな折、臼杵市役所より国宝の臼杵石仏に関わるインバウンド委託事業の相談が舞い込んできました。臼杵を知らないと着手しづらい地元密着型の事業をできる人を探しているが、なかなか見つからないとのこと。

そこで藤沼さんが提案したのは、臼杵市の観光や様々な情報を英語で発信するための英語ブログの運営でした。そして早速、委託業務がスタートしました。

「外国人観光客向けではありますが、願わくば臼杵市を魅力的に感じる外国人が増え、いずれ移住してくれたら…。そういう願いも込めて書いています」。

2018年度は20件の詳細情報の記事をアップしました。
これからも世界へ臼杵市の素晴らしさを発信し続けていくようです。

そして、外向きだけではなく、臼杵市民に向けてのセミナーも開催。自身の経験から得た知識を活かしたインバウンドに関わる講習会では、110名もの受講者が集まりました。
そのほか、臼杵でできる体験プログラムの開発や日本語・英語・フランス語のパンフレット作成のお手伝いなど、精力的に関わっています。

インバウンドのセミナーやワークショップを開催。多くの市民が集って意見を出し合ったそう

特に思い出深いのが、フランス人へのプロモーションのためパリを訪問したこと。実は臼杵市の観光名所である国宝臼杵石仏では、外国人観光客が多く来場するそうですが、その中で一番多いのがフランス人だといいます。藤沼さん曰く、「ニッチな場所に来たがるフランス人のニーズと、国宝である臼杵石仏があること、そしてなにより観光慣れしていない臼杵市民の素朴な親切さが受けている」とのこと。そのような現状も相まって、臼杵市を挙げてフランス人観光客の誘致に乗り出したのです。そしてそのプロモーションをするため、藤沼さんに白羽の矢が立ったのでした。

「フランスでは一般の方向けとして臼杵市のプロモーションを実施したり、フランスの旅行会社にPRもさせていただきました。現在は他市町村と一緒にフランス人向けのツアーも考案中です」。

仕事も軌道に乗り始め、多忙な日々を送っている藤沼さん。

「自分の経験や知識が臼杵市にとって何かしらの良い影響を与えられるのであれば、この上ない幸せだと思っています。そして私にとっての癒しはやっぱり臼杵へ帰ること。長いツアーが終了し家に帰り、家から見える山を見ながら一杯のコーヒーを飲むのが一番の幸せ」と語ってくれました。

ホッと一息ついてコーヒーブレイク。家から見渡す景色に心が和むそう

仕事(on)の時の幸せ、そして休息(off)の時の幸せ、その2つはいずれも「臼杵」という移住でたどり着いた、縁もゆかりもない場所につながっています。

藤沼さんの心地良く暮らすための努力を惜しまない結果が、今の臼杵市との仕事にもつながっていきました。

今も藤沼さんが書いたブログを見て、
世界中の誰かが臼杵の魅力を発見してくれていることでしょう。