移住事例紹介

未経験から農家へ。たどり着いたのは北海道にある懐の深い町でした

東京都→北海道下川町
2008年移住
吉田 公司さん
フルーツトマト農家

北海道網走市出身。ご家族の転勤で、小学校六年生から高校卒業までは旭川で暮らし、進学とともに上京。毎日遅くまで働く日々の中で、今後の生き方を見直し、北海道へ戻ろうと決意。その移住先は、地元ではなく下川町でした。

塾の営業から農家へ

農家になるなんて、思ってもみなかったという吉田さん。
東京で全国展開している学習塾に就職し、20年ほど働いていました。

「当時、車を持つことに憧れていました。進路を考えていた僕のところへ、学習塾で仕事をしている友人が車に乗って来て『塾で働かないか?』って誘いに来たのがきっかけです。大学を卒業してから、学習指導も含め、生徒を集める営業職として就職しました。」

吉田さんは、もともとずっと東京に住み続けるつもりはありませんでした。忙しない日々は何かをしているだけで充実感を味わえていたものの、そんな生活に対して、だんだんと心持ちが変わっていったといいます。

「どこに住んでいても、会社と自宅の往復。
それだったら東京だろうとどこだろうと、変わらないなって思ったんです」

そんな時、たまたま見つけたのが『農で起業する!―脱サラ農業のススメ』という本。
観光農園で、工夫しながら少ない時間でしっかり稼ぐ効率のいい農業の仕組みを知り、興味を持ちました。

「農家さんって、自分の勘だったり経験だったりで収穫時期を見極めたり、野菜作りをしたりするイメージでした。でも、その本を読んだり自分でインターネットで調べたりして、仕組みを作って効率を上げる農業もできるんだなって分かって。そうやっていろいろ知れると、農業って面白いなって思うようになりました。」

下川町を選んだ理由

北海道内で農業をやろうと決め、地域を探し始めた吉田さん。
当時40歳を過ぎており、募集条件が当てはまる地域に下川町が含まれていました。

新規就農者を募集しているわけではありませんでしたが、直接町役場に問い合わせたところ、農務課の担当者が親身になって吉田さんの話を聞いてくれました。
吉田さんが読んでいたブログを運営しているトマト農家さんも、下川在住と分かり、その日のうちに会いに行くことに。2軒の先輩農家さんをまわって、吉田さんの心は決まりました。

見学に来たのは、2008年6月の頭。
そして吉田さんが下川町に引っ越したのは、なんと6月の末!

「まずは僕1人で下川町に引っ越しました。見学に行った先輩農家さんのうち1軒が、息子さん2人を大学まで進学させていて、今年でハウスの償還が終わるっていう話をしてくれて。こういう風に農業をやっている人がいるんだなって思って、すぐ決めました。」

下川町の農業の支援制度として、最初に新規就農体験者として、研修受け入れ農家を中心に本人の農業への向き不向きを見極める期間があります。数ヶ月を経てお互いに『できる!』と思ったら、次は新規就農予定者という肩書に変わり、先輩農家さんのところで1年間修行をするのです。

その段階から、町から月に20万円貸付金の補助が出ます。このお金は、新規就農して5年間営農したら返済義務がなくなるもの。全くの未経験でも、農家さんになれる仕組みが整っているのです。

畑違いの世界に飛び込んだ吉田さんは、下川町でフルーツトマトを作っています。フルーツトマトは、下川町の特産品。糖度の高いトマトは、甘くてジューシーで高級なトマトとしてグルメたちには大人気です。

「フルーツトマトなんて、そんな特別なものを作れるとは思っていなかったんです。でも初めて甘くできたときは嬉しかったですね。就農してしばらくは、ちゃんと苗が育つかとか花が咲くかとか、心配で眠れない日もあったけど、毎年勉強だから、面白いですよ。飽きないです。」

▲取材で出してくださったフルーツトマト。美味しくてペロリと食べてしまった

下川町は冬はマイナス30度にも下がる寒冷地。そのため、農家さんは夏に1年分の仕事量をこなさなければなりません。苗を育て、ビニールハウスで管理をし、収穫して出荷、次の夏に備える準備……これらすべて2月から11月くらいまでの10ヶ月間、すべてフル稼働で行なっています。

「夏は一切遊べないけど、冬には大学生の頃よりたっぷり時間がある。僕らはコンサドーレ札幌のサポーターだから、農閑期は試合もたくさん観に行きますよ(笑)。」

適度な距離で見守ってくれる

吉田さんが就農をする前は、町内の新規就農者3世帯6人で、毎年こじんまりと新年会をやっていたそう。ですが、酪農家も含め新規就農者が少しずつ増えていき、ここ10年間で家族総勢40人ほど集まる大所帯になりました。それくらい、いま下川町では新規就農者が増えています。

「僕らが住んでいる上名寄(かみなよろ)地区は、農家さんがたくさん暮らしていますが、よそ者を受け入れてくれる懐の深さを感じます。
岐阜県から入植してきた人々が一番最初に上名寄で田畑を開拓したそうです。だから、今でも上名寄地区には『上名寄郷土芸能保存会』という団体があって、毎年、町の無形文化財に登録されている岐阜や富山をルーツに持つ踊りを披露しています。僕らも移住してきたばかりの頃、先輩たちに呼んでもらって見学に行ったけど、すでに一緒に踊ることになってましたもん(笑)。」

ベタベタしないけど、どこかで気にかけてくれている──そんな人たち同士の距離感が、暮らしやすさを築いているのかもしれません。

「僕らは下川には親戚がいないから、踊りや新年会なんかで声をかけてもらえるのは、とても嬉しいです。田舎ならではの濃い人付き合いも、ないわけではないけど、見守ってくれている感じがするのは、東京や札幌では無い雰囲気だから。
新しい人が入ってきたら、僕らが先輩たちに助けてもらったのと同じように、サポートしたいと思っています。」

7月の、トマト農家さんが一番忙しい時期に取材を受けてくださった吉田さん。お話を聞くときも、採れたての甘いトマトを出してくださいました。

吉田さんはもちろん、吉田さんのところで研修をしていた新規の農家さんも、先輩たちの背中を見て独立してゆきます。この連鎖が、上名寄の懐の深さを生み出し、下川町の農業をますます盛り上げていくに違いありません。