~移住に寄せて~岩手県盛岡市に移住した長江さん(覆面本「文庫X」の仕掛け人) |地域のトピックス|FURUSATO

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~移住に寄せて~岩手県盛岡市に移住した長江さん(覆面本「文庫X」の仕掛け人)

~移住に寄せて~岩手県盛岡市に移住した長江さん(覆面本「文庫X」の仕掛け人) | 地域のトピックス

 

岩手県盛岡市に本店がある「さわや書店」は1946年(昭和21年)創業。
街の本屋として地元の人々に長く愛され続ける老舗です。
私も、学生時代、大通本店にはよくお世話になりました。
「手に取りたくなる本」を置いている書店が街にある、
そのことがどれだけ贅沢なのかを知ったのは、随分大人になってからでした。

その老舗「さわや書店」が、今、前代未聞のアイデアで全国から注目を集めています。
その仕掛け人の名前は長江貴士さん。

長江さんは1983年静岡県生まれ。
大学中退後、コンビニやファミレスでのアルバイトを経験し、
その後「好きな本を仕事にしたい」という思いから書店員になられました。
神奈川県内の書店で勤務されたのち、さわや書店に2015年9月入社。
転職をきっかけに盛岡市へ移住されました。

長江さんの「先入観にとらわれず本を読んでほしい」とのアイデアで始まったのが
「文庫X」です。
表紙も何もかもを隠し、手作りのブックカバーで覆われた「文庫X」は
のちに全都道府県の書店で展開販売され、全国を席巻しました。
ニュースで見たり、実際に実物を手に取ったという方も多いのではないでしょうか?

斬新な発想で、地方からでも全国に向けてヒットを飛ばす長江さんに
ご自身のIターンについて、そして地方移住について印象に残る本について
文章を寄せていただきました。
ぜひ、ご覧ください。

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Iターン、という言葉を聞く時、思い出す一冊の本がある。
「僕たちは島で、未来を見ることにした」(阿部裕志+信岡良亮)だ。
二人の著者は、島根県の隠岐諸島の一つである海士町に別々に移住し知り合った。
そこで、「巡の環」という会社を立ち上げ、海士町の魅力を外に発信し続けている。
彼らの功績だけではないが、海士町は、
『産業振興による雇用拡大や島外との積極的な交流により、2004年から11年の8年間には310人のIターン(移住者)、173人のUターン(帰郷者)が生まれ、島の全人口の20%を占める。新しい挑戦をしたいと思う若者たちの集う島となっており、まちおこしのモデルとして全国の自治体や国、研究機関などからの注目を集めている』
というような自治体となった。

二人の著者は共に都会で生活をしていたが、その生活に違和感を覚えるようになり、海士町へやってきた。代表取締役である阿部裕志氏は、京都大学を卒業しトヨタに入社、そのトヨタを辞めて海士町にやってきたという経歴を持つ。
彼らが何故海士町にやってきたのか。それについての非常に印象的な箇所があるので、適宜省略しながら引用してみよう。

『社会の変化は、いつも小さなきっかけから始まる。
その変化自体はとても小さくて、起こっていても、誰も気づかないかもしれない。でも、その変化は少しずつ広がって、いずれ僕たちの社会を変える。そして人を動かし、未来をつくる。
都会生活に疲れてのんびり田舎暮らしに憧れるわけでもなく、僕たちは、未来に可能性を投げかけられる自分でいたいがために、島に移住したのです。
そこに何があるのか。島では「あるもの」よりも「ないもの」を数えたほうが早いほどです。
でも、この島には日本がこれから経験する、「未来の姿」がありました。
それは、人口減少、少子高齢化、財政難…どれもネガティブなものばかり。しかし、よくよく考えてみると、この島が今直面している課題は、未来の日本に到来すると言われ続けている課題と同じなのです。
もし、そうした未来のコンディションの中で、持続可能な社会モデルをつくることができたら、それは社会を変えるきっかけになる。社会の希望になれる。
「この島で起こった小さなことが、社会を変えるかもしれない」
僕たちはそう信じて、自分の未来をかけて、この島の未来をいっしょにつくる担い手になったのです。そして、僕たちの生きたい未来をそこに見ることにしました。』

この本を僕が読んだのは、岩手県に移住するなど想像もしていなかった頃だ。そして僕は、都会から地方への移住において、こんな視点があったのか、と目から鱗が落ちるような思いをした。確かに、彼らが主張していることには納得できる。様々な問題を抱える地方は、ある意味では、数十年後の日本全体の姿と言える。数十年後の未来に最先端でいるために、今地方を目指す―。この考え方は、人生を長い目で見た時に、どう働くか、どう生きるかを決める上で一つ大きな指針になるのではないか、と僕は思ったのだ。

その後、縁あって僕はIターンをすることになった。ウチで働かないか、と声を掛けてもらえる機会に恵まれたからだ。そういう風に声を掛けてもらえなかったら、僕は自分でIターンをするなどという決断は出来なかっただろう。未来の日本の課題を解決する、などと考えてやってきたわけでは全然ない。

とはいえ、大学進学から15年弱住み続けた川崎を離れ盛岡へと移り住む際、やはり僕はこの本のことを思い出していた。岩手県は、東日本大震災で甚大な被害を被った土地だ。地方である、というだけではない問題が山積していることは想像出来た。それらの問題に僕が関わる機会があるのか、関わる機会があった時に自分がどう行動するのか、そういう具体的なことは何も考えてはいなかったが、未来の日本の姿がここにあるのだ、という意識は持っていた。今僕は書店員として、地方の小売店が地域の中でどう存在価値を見出していくのか、という試行錯誤を日々しているつもりだ。それは、川崎に住んでいる頃には間違いなく持ち得なかった視点である。

僕は、生まれ育った静岡にも、大学入学から住み続けた川崎にも、そして移り住んだ盛岡にも、特別な愛着はない。自分がどこに住んでいるのか、その土地に何があるのか、ということが、僕自身の生活にあまり影響しない。そういう観点から、Iターンの良さを伝えることは、僕には出来ない。ただ、「僕たちは島で、未来を見ることにした」という本に出会い、また結果的にIターンをすることになった僕だからこそ伝えられることがあるのではないか、と思ってこういう文章を書いた。無理にIターンを勧めようという意識は、僕の中にはない。けれど、Iターンなんて考えられない、と思っている人がいるとして、僕の文章がそう感じている人の心をちょっとでも動かすことが出来たとしたら、僕はとても嬉しく思う。

文:長江貴士