移住事例紹介

レジャーで毎年訪れていた栗原市・伊豆沼に夫婦で移住。ジャズカフェをオープン

東京都→宮城県栗原市
2015年移住
杉本 豊さん
「ジャズカフェ・コロポックル」店主

杉本さんは静岡県出身で、奥様の久美子さんは岩手県出身です。大学進学を機に上京し、結婚してからも長い間暮らした東京を離れ、2015年に栗原市に夫婦2人でIターン。白鳥の飛来地としても有名な伊豆沼を見下ろす丘に、ジャズカフェ「コロポックル」を2016年3月にオープンしました。この土地には知人の紹介で約10年前からレジャーとして通っていたものの、移住への決意を高めたのは2011年の東日本大震災がきっかけでした。伊豆沼にIターン移住し新しいことを始めた杉本さんに、東京でも大事にしてきた地域コミュニティのことや地域に対する心境の変化、移住の経緯など、お話を伺いました。

白鳥の飛来地・伊豆沼に魅せられて

▲夕陽に照らされた伊豆沼で休む白鳥

杉本さんは長年、東京で大手IT企業に勤めるかたわら、ボランティアで「私設子供会」の運営に携わっていました。

「私の住んでいた地域の学童保育は小学校3年生まででね。それ以降はいわゆる“鍵っ子”になる子どもが多かったんですよ。それで、東京に“田舎”のような関係をつくろうということで、地域の親たちが協力して子どもたちの面倒もみようと「私設子供会」をつくり、ボランティアで団体運営をしていました。月1で子どもたちを交えたアクティビティを企画したり、親同士で飲み会を開いたり。イベントのビデオ記録や、新聞発行もしていて、しっかりと地域に根差した役割がありました。職業も世代も超えた地域コミュニティでしたね。」

この「私設子供会」を通じて懇意になった複数の家族とともに、ある年、伊豆沼に遊びに行く機会がありました。きっかけは、仲間うちのひとりが伊豆沼の近くに土地を持っていたことでした。その土地が現在、杉本さんが店主を務めるジャズカフェが建っている場所です。当時、この土地は雑木や雑草が生い茂る荒れ地でしたが、普段は東京で暮らしている家族には新鮮で、特に子どもたちにはまるで野外キャンプにでもくるような格好の遊び場となりました。

目の前の伊豆沼は風光明媚な沼で、夏は蓮の花が沼一面に咲き乱れ、冬には白鳥やマガンが飛来する地として有名です。7月の「はすまつり」の時期にはボートで遊覧することもできます。杉本さんたちはこの場所に魅せられ、仲間家族らとともに何度も足を運びました。気づけば10年は通ったそうです。

「テレビ番組でDASH村ってあるでしょう。まさにあれで、“開墾”ですよね。何もないところだったのを畑にして野菜を作ったり、小屋を建てて寝泊まりしたり。今でこそ“伊豆沼が見渡せるカフェがある場所”になりましたが、当時ここは雑木林で視界が遮られていて、ただの崖でした。あの頃、地元の人たちですら、この風景の素晴らしさに気がついてなかったんじゃないかな。」

現在は写真(下)のように店舗前の雑木林を伐採し、店内から伊豆沼がよく見渡せるようになっています。

瞬く間に人気店に!ジャズカフェ「コロポックル」

ジャズカフェ「コロポックル」の名前の由来は、杉本さんたち家族を伊豆沼に連れて行き、この土地を紹介してくれた知人が、50年前に東京でやっていた喫茶店の名前です。杉本さんが移住して店を開くにあたって、営業当時に使っていた木彫りの看板と一緒に名前ごと譲り受けました。

▲入り口に飾られている手彫りの看板

杉本さんが移住してジャズカフェを開くことが地域に知れ渡ると、区長が地元紙に推薦、取材を受けました。「夫婦で東京からIターン」「ジャズ喫茶」という話題性も然ることながら、店から見える伊豆沼の景色が素晴らしいとオープン前から注目を集めました。営業を開始してからも、雑誌、ラジオ、テレビといった地元メディアや、市のCMにも引っ張りだこ。休日には行列もできる人気のお店になりました。

店の公式情報はウェブサイトだけですが、お客様がSNSで伊豆沼の風景や店の感想を発信してくれるため、口コミだけで、県内は仙台のほか、気仙沼、石巻、塩釜といった沿岸地域から、そして関東は東京、埼玉、千葉などからもお客様がやってくるそうです。

伊豆沼でもご近所さんに支えられ、地域にとけこむ杉本さんご夫婦

店内に入ると奥には重厚な音を鳴らす大きなスピーカーとともに、グランドピアノがありました。これはイベント用で、取材の2日前にもジャズミュージシャンを招いてのライブが行われ、60名ものお客様で賑わったそうです。企画から実行まで、すべて杉本さんご夫婦でやっているのでしょうか。

「ライブといっても手作りなので、椅子の準備や当日の受付、駐車場への誘導など、僕ら夫婦以外にも人手が必要なんです。ありがたいことに、イベントの時は近隣の皆さんがボランティアで手伝ってくれるようになりました。昔から伊豆沼に来るたび、この周辺の方々に挨拶はしていたので顔なじみも多かったのですが、親戚付き合いのような方が増えて、今とっても幸福ですよね。」

東京で都心に住まいながらも、私設子供会の運営を通じて地域コミュニティを育てあげた杉本さん。伊豆沼でも地域とのつながりを大事にし、現在の人づきあいを「とっても幸福」な状態と感じているのが印象的でした。

▲米国JBL社の最上位機スピーカー。右上のトランペットは近所の方が飾ってほしいと持ってきたもの

移住の決意を高めたのは2011年の東日本大震災だった

都会暮らしでは得られない経験と伊豆沼の素晴らしい風景に魅せられたことで、年に何度も遊びに来ていた杉本さんたちですが、伊豆沼はあくまでも家族や仲間内での旅行先であり、移住を考えていたわけではなかったようです。いつ頃から東京を離れることを考えていたのでしょうか。移り住むまでの経緯を伺いました。

「50代半ばを過ぎた頃、退職した後はどうしようかって考えるようになりました。何か新しいことをするにしても当時関わっていたIT以外がいいなと。ちょうどその頃に東日本大震災が起きて。栗原市は内陸部でしたが、伊豆沼に遊びに来る時に使っていたこの近くの宿も、沿岸から避難してきた方の避難場所になっていました。」

杉本さんは東京の友人・知人らと協力し、支援物資を送るなどボランティア活動もしていましたが、だんだんと伊豆沼に対する考えに変化が起きました。

「最初は二地域居住を考えていたのです。でも震災後、中途半端な形で移住するのはもったいない、なんだか失礼な気もしたんですね。もっとこの地域の役に立ちたいと考えるようになりました。それでジャズ喫茶をやりながら完全移住しようと。学生時代からジャズもコーヒーも好きでしたから。妻は4歳下で、当時まだ看護師として働いていましたが、自分は性格的に新しいことにのめり込むタイプ(笑)、すぐに準備に取り掛かることにして、58歳で退職しました。」

退職後の杉本さんは環境を整えながら、ジャズ楽曲のアーカイブリストを作り、オーディオ機器を自作するなど、じっくりと開店の準備に勤しみました。夫婦2人で最低限の生活が送れる経済的余裕を担保していたとはいえ、60歳を過ぎてから慣れ親しんだ地を離れることに、不安はなかったのでしょうか。

「この場所だと、今後、車が運転できなくなった時の買い物や病院への移動手段をどうするのか。そういった多少の不安はあるんだけど、不安っていうのはいつも何かしらあるもので、東京暮らしでも同じですよね。それに今は老若男女にジャズを広めたい、楽しんでもらいたいという夢があって、そっちのわくわくのほうが大きいです。妻も理解してくれています。」

移住で大事なのは、その土地にとけこもうという姿勢と田舎に媚びないこと

杉本さんに、Iターンして何か始めたいと考えている方に、心構えやアドバイスを伺いました。

「どこで夢を叶えるのか。東京では難しくても、田舎ならできることがある。それなら思いきって実行に移すべきだと思いますよ。もちろん、家族を養わなければならない立場だと身軽にとはいきませんが、田舎にはたくさんの可能性がある。もしもやると決めたなら、中途半端ではなく、いっそ退路を断って、その土地に根を下ろそうという覚悟が必要ですね。」

そしてこう続けます。

「店の珈琲豆は東京の名店から取り寄せていて、淹れ方にもこだわりがあるんです。最低限の利益を確保したうえで、手が届くだろうぎりぎりのところで価格設定して、一杯500円。このあたりにしては高いけれど、“東京(にあるような店)がやってきた!”って、地元のお客様からありがとうと言われたんです。それはもう涙が出るほど嬉しかった。お客様に喜ばれるだけじゃなくて、感謝される店になるとは、思ってもみなかったですから。」

コーヒー一杯の価格にも杉本さんの考えがあり、人気店になったことからも、お客様には受け入れられていることが分かります。

「田舎に媚びないほうがいいとよく言いますが、それは田舎だからといって安売りしたり、安易に迎合しないほうがいいということ。たとえ相場より少し高くても、事業者は対価の裏側にある価値を根気よく発信し続けるべきでしょう。田舎だから“田舎風”にしなければならないことはない。まずはこの土地に育った人たちの興味・関心を知り、事業者として提供すべきは何なのか。時には“よそ者(移住者)だからこそ出来ること”があることを意識して考えたほうがいいですね。」

「僕らはリタイアした夫婦での移住だったから身軽で、行政の制度などは活用していませんが、お店のPRなど市の協力をたくさん頂きました。また、お店の知名度があがったことで、地域おこし協力隊や町おこし関連の若い人材もやってくるようになりました。移住経験者としてできることはサポートしていきたいし、商売抜きで、この町の活性化に繋がることを一緒にやっていけたらと思っていますよ。」

50~60代で仕事をリタイアしてからの移住事例は珍しいことではありませんが、杉本さんのように地域に対して非常にオープンで、積極的に地域に貢献したいと動いてくださる方は、そう多くはいないのではないでしょうか。おふたりともとても気さくな方なので、機会があればぜひコロポックルに足を運んでみてください。先輩移住者として心強い味方になってくれるかもしれません。