移住事例紹介

留学から戻ったら実家が紀北町に!両親が選んだまちで、農業の伸びしろに挑む

愛知県→三重県北牟婁郡紀北町
2010年移住
岩本 修さん
「株式会社デアルケ」代表取締役

紀伊の国の玄関口にある三重県紀北町は、世界遺産・熊野古道や熊野灘の雄大な自然に抱かれた穏やかな町です。名古屋のベッドタウンで生まれ育った岩本修さんが、人口2万人のこの小さな町に移住したのは7年前のこと。23歳で就農を決意し、現在はトマトや苺を育てる農業法人を営む若きファーマーに、移住と就農の経緯についてお話を伺いました。

アメリカから帰国したら、実家が紀北町に!

「初めて来た時は田舎やなと思いましたね。」
海・山・川と豊かな自然に恵まれた三重県紀北町。名古屋市のベッドタウン、愛知県大府市で生まれ育ち、7年前にこの町に移住した岩本さんは「今は名古屋とかに行くとむしろしんどいです。特に信号待ちが辛い。ここは1日に信号2回つかまるかなというレベルなので。快適ですね」とすっかりなじんでいます。しかしこの町は岩本さん自身が選んだ場所ではありません。

▲紀北町のツヅラト峠から

「大学卒業後に語学留学でボストンに行っていたんですが、その間に両親が愛知県から紀北町に移住していました。自然と帰国先がこちらになっていたんです。」
東紀州あたりで移住先を探していた岩本さんの両親は「たまたま乗ったタクシーの運転手の愛想が良かったから」という理由で紀北町を選んだそうです。
「きっかけを作ったのが町の空気だったというか、そこがこの町の良いところだと思うんですよね。」

伸びしろを感じて、農業の世界へ

実家となった紀北町に留学先から帰国した岩本さんは、この地で農業を始めることを決意します。「トマトが土の上にできるのか、下にできるのかも知らなかった(笑)」という岩本さんは、なぜ就農を決意したのでしょうか。

「元々自営業というか、自分で何かをしたいなという気持ちはあったんですよ。学生時代は特に何かを一生懸命勉強していたわけではないので、何でもいいやというイメージがあった。たしか父が『農業はどうや』って言ったのかな。」
折しもリーマンショック後の不景気で、一次産業が見直される風潮があったこともこの決断を後押ししました。
「農業は絶対的に需要があって、世の中から求められている産業。農業をやっていたら、『頑張っとるなあ』って褒められるんですね(笑)。ちょうど大企業が農業に参入する流れもあって、農業に自然と興味がわきました」と振り返ります。

そして最も魅力を感じたのは「伸びしろ」でした。「鉄のかたまりが空を飛んでいる時代に、農業は江戸時代から大して変わってないように見えた。そこにはまだ伸びる可能性があると感じました。実際にやってみると、様々な研究がされていることが分かってきたんですけど。」
就農を決意したと岩本さんは、ほうれん草の水耕栽培をしている農家で見学をします。
「そこは水耕栽培をしているだけではなく、そのノウハウを売るというビジネスをしていました。農業に参入したい他業種の企業にコンサルをして、設備まで提供する。さらにできた作物を買い取って流通もしている。おもしろいビジネスだなと思いました。」
しかしほうれん草などの葉物野菜は、多少の味の違いこそあれ、作る人によってそれほどの差が出るものではありません。そこに面白さを感じられなかった岩本さんは、比較的違いを作りやすく、三重県の農業研究所で取り組まれているトマトの養液栽培を始めることにします。

岩本さんが代表を務めるデアルケでは主に「養液栽培」という方法でトマトの栽培を行っています。養液栽培とは、土を使わず、肥料を溶かした培養液で作物を育てる方法。デアルケでは日照量などによって濃度や水分量が調整され、自動的に給液されます。

▲養液栽培の様子。黒い管から養液が供給されている

町内2箇所にあるハウスや、内部の設備は機械系のエンジニアだった父の協力を得て、自社で作りました。ハウスも自作なら、トマトも直売。加工品の企画、製造販売まで基本的には自分たちでこなすのが岩本さんの信条だそうです

会社案内のパンフレットも「社員みんなで作ったんですよ。1週間くらい画像加工ソフトの講師を呼んで、研修を受けて。これはその時に作ったんですよね。だから、よく見ると色がはみ出たりしていますよ」と笑います。将来的にはこうして培った栽培、設備、加工などのノウハウを、見学先の農業コンサルのように展開していきたいと話します。

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▲社員で制作したパンフレット

直売という販売スタイルから生まれた「地域貢献」への思い

2014年からはジュースやジャムなど、加工品の製造販売も始めました。自社栽培の新鮮な完熟フルーツトマトを使い、トマトが半分の重さになるまで低温でじっくり煮詰めてつくった200%トマトジュースは、「伊勢志摩サミット2016」で採用され、現在は1〜3ヶ月待ちの人気商品に。

「加工品は、狭い分野にいけばいくほど、差別化できるというか、イロを出しやすい。多少高くても、良いモノだという流れを作り上げれば売ることも可能」と手応えを感じています。

▲デアルケの人気加工品、グリーントマト、トマト、完熟イチジクのジャム

「トマト栽培以外にもどんどん挑戦していきたいです。農産物の加工品目をもうちょっと広げていきたい」と話す岩本さん。就農当初は99%紀北町を商圏としてトマトのみを販売してきましたが、今は7割くらいに。徐々に外へと販路を拡大しています。将来的には町内での販売を半分以下にすることを目指し、加工品などの企画を進めています。
目下進行中なのが「特大苺の一粒売り」。パッケージもユニークで、ノベルティとして人気が出そうです。他にも、「飲食店や移動販売のサンドイッチ屋さんなんかもやってみたいですね」と夢は膨らみます。

岩本さんが加工品に取り組むのは、ビジネスの観点だけではありません。
「加工品を始めたのは、地域貢献という一面もあります。町外、県外、国外の人に商品を買ってもらうことにより、他地域から紀北町にお金を入れる『外貨を稼ぐ』ことが一番の目的になります。当地域内で生産したものを地域内で販売していると経済的にはグルグルと内側で回っているだけで本当の意味で貢献できていないという考えに行き着きました。また外貨を稼ぐことにより紀北町の雇用を増やすことができれば少しは移住者として町に貢献できるのかなと。さらに紀北町のことを知って頂くきっかけ作りにもつながりますしね。」

地域に貢献したいという思いは、直売という販売スタイルの中で育まれました。
「結局僕らは直売なので、地元の人に生かされているんですよね。だから恩返しと言うか、地域の人にしてもらった分は返さないといけないなという気持ちが強いんです。」

▲トマトはデアルケの事務所兼直売所で地元の方向けに直売している。取材中にも何人かのお客さんがトマトを買いに来た

「以前トマトを買いに来たお客さんが『紀北町で作っているものがあるんだったら、不味くても高くてもなんだろうと町内産のものを買う』って言っていたんです。そういう愛って、素敵だなぁと思って。」
大府市にいた時にはあまり持てなかった“地元愛”という感情が、少しずつ岩本さんの中で大きくなっているようです。

仕事以外の時間を、その地域で楽しめるのかどうか

2年前に松阪市出身の奥さまと結婚。2ヶ月前にはお子さんも誕生し、充実した毎日を過ごす岩本さんに、移住を考えている方へのアドバイスを伺いました。
「何でもポジティブに考えられるタイプが向いていると思います。僕はそういうタイプ。田舎は不便なことだらけですが、そういう部分には目をつぶって口に出さず、空がキレイだよねとか、良いことだけを見出せるような人じゃないと。都会が嫌だったから、田舎にくるという感覚だと難しいですね、都会が合わない=田舎が合うという考えは間違いです。田舎の方が大変なことの方が多く、都会でもダメなら田舎では余計ダメだと思うくらいじゃないと、甘ったれて来ると後悔します。」

「仕事って1日8時間じゃないですか。1日の3分の1だけなので、3分の2は自分で楽しさを見いださなきゃいけない。この地域に来て本当に楽しめるのか、田舎が好きだから田舎に行くって言うくらいだとうまくいくと思いますよ。」

そう話す岩本さんですが、最初からこれほど地域に馴染めていたわけではありません。
「紀北町は地域の人同士の仲が良すぎるので、外から来た人がコミュニティに入っていくのに少し時間がかかるんじゃないかな。一歩中に入っちゃうと良いんですけど、人見知りの人が多いんですよ。」
だからこそ、誘われた時に断らないことが重要だといいます。岩本さんも移住した当初は「めんどくさくて」と誘いを断ることが多かったのですが、2年ほど前から参加するようにしたところ、地域の人との距離がぐっと縮まったのを感じたそうです。
「だから、移住してきたウチのスタッフにも、『誘われたら断るな』と言っています。」

地元の生産者がこだわりをもって作った商品を、消費者に直接販売する「三重 紀北町 海・山こだわり市」に参加するようになり、さらに交流の幅が広がったという岩本さん。

「夜みんなで集まって、グダグダとイベントなどの準備をしているだけなんですけど、そういう時間も楽しいんです。今までなかった農家同士の交流もできますし。特にしいたけ屋さんとは腹を割って話せる仲になりました。最初は僕も良い人ぶっていたんですけど、そんなこともしないでいいのかなと思い始めてから結構楽になりました。そこからようやく地域の側の人間になれたのかなっていう気がします。」