移住事例紹介

就農体験で魅せられて。柑橘王国・愛媛で女性みかん農家を目指す

埼玉県→愛媛県宇和島市
2016年移住
河上 美恵子さん
柑橘農家研修生

日本の冬には欠かすことのできない、みかん。日本人の誰もが知っている“庶民派”フルーツですが、農家の高齢化が進み、深刻な担い手不足に直面しています。柑橘王国・愛媛も例外ではなく、県内の各地で県外から後継者を求める動きが広がっています。河上美恵子さんは就農体験で訪れた宇和島市で柑橘栽培に魅せられて、単身で就農することを決めました。市の制度を利用して研修を受けた河上さんは、まもなく女性農家として独立の時を迎えようとしています。

■きっかけは移住フェア。わずか半年で移住を決断

軽トラックはカーブの続く細い山道をすいすいと登っていきます。農業はもちろん、軽トラにも縁のなかった都会から移住して1年。軽トラのハンドルを握りながら、河上さんがこう切り出しました。
「移住して最初にしたことは、教習所に行って免許のオートマ限定を解除することだったんですよ」
その間も、左手は器用にシフトレバーを操作しています。

山の中腹で軽トラが止まりました。眼下には宇和海が広がり、斜面には色づいたみかんをつけた木々が並びます。
「借りている園地のなかで、ここが一番海が見えるところです。この景色を見ながら休憩する時は、本当に移住してよかったと思いますね」

宇和海を一望できる園地。この景色を見ながら休憩をするのが、農作業の楽しみだという

横浜市で生まれ育ち、結婚を機に埼玉県で暮らしていた河上さんが、移住を考えたのは2016年春のことでした。「主人は昔から、田舎暮らしが夢だったそうです。47歳になり、『都会の生活に疲れた。これからは田舎で暮らしたい』と言われました。私も移住には賛成でしたが、当時は2、3年準備をしてから移住するつもりだったんです」

ところが、移住を考え始めてからわずか半年後に移住し、河上さんは単身で農業にチャレンジすることになります。きっかけは、16年3月に都内で開かれた「宇和島移住フェア」でした。

■真夏の摘果作業。人生初の体験から農業に興味

「私は移住先はどこでもいいと思っていたんですが、主人は『暖かいところで、漁業に携わりたい』と考えていました」。温暖な気候が特徴の愛媛県。なかでも、宇和島市はリアス式海岸が特徴の宇和海に面し、真鯛や真珠の養殖が盛んな地域です。

海面養殖用のいかだ。リアス式海岸で波の穏やかな宇和海では真珠や真鯛などの養殖が盛んに行われている

移住フェアで宇和島に興味を持った河上さん夫妻は、同年7月に開催された「宇和島シーズンワーク」を利用し、現地を訪れました。シーズンワークは市が毎年7月と11月に開催し、3泊4日で柑橘農家の仕事を体験するというもの。農作業だけでなく、地元農家との交流もある人気のプログラムです。

7月のシーズンワークでは、果実の質を高めるために余分な実を落とす摘果や枯れた枝を切り落とす作業を行います。「炎天下での作業は暑くて大変でしたが、何もかもが人生初の経験で、とても新鮮に感じました。そこで、農業に興味を持ったんです。主人も携帯電話で調べて『宇和島にはこんな支援制度があるよ』と後押しをしてくれました」

宇和島市の農林課は柑橘農家の後継者育成を目的に、研修農家の斡旋や家賃補助などの支援を行っています。シーズンワークを終えた河上さんは、農林課を訪れ、就農希望であることを伝えました。
市から研修を受け入れる農家と空き家が見つかりそうだと連絡が入ったのは、それから1ヶ月後のこと。

「移住をするつもりで仕事も辞めていましたし、年齢的にも支援を受けられるぎりぎりの時期。迷いはありませんでした。相談から1ヶ月で研修先や空き家が見つかるスピード感も良かったですね」

16年10月に宇和島市西三浦地区に夫婦で移住し、河上さんは柑橘農家の研修生になりました。
「主人は漁業にかかわる仕事がしたいというので、一緒に農業をする道は選びませんでした。ただ、家の近くで漁業の仕事が見つかっていないので、いまは地域の共同選果場でフォークリフトのメンテナンスをしています」

■女性1人の就農に否定的な声も。自信をつけた初の収穫作業

力仕事の多い農業。女性1人で就農することは、周囲の農家になかなか理解されなかったそうです。
「『旦那さんと一緒にやるんやろ』と聞かれたことは何度もあります。なかには『無理だから、都会に帰った方がいい』と言う人もいました」

しかし、河上さんは地道に研修に取り組みました。

研修を始めたのは、ちょうど早生みかんの収穫時期。人手が足りなかった80歳代の男性の園地で、収穫を手伝うところから研修が始まりました。

「まず、急斜面にある園地に立っていることが大変です。さらに、収穫したみかんの入った20キロのコンテナを担いで、斜面を降りなければいけません。最初はコンテナをひっくり返して、中のみかんを全部ぶちまけたこともあります」

園主の男性は失敗しても怒ることなく、何度もコンテナを運ぶ作業をさせてくれました。収穫の時期は1年で一番忙しい時期。雨の日も休むことなく、収穫作業にあたったといいます。

収穫を前に色づいたみかん。取材の翌日から今季の収穫がスタートしたという

「1ヶ月もすれば、コンテナを担ぐコツが分かるようになったし、農業に使う機械いじりもすんなりとできるようになりました。一番大変な収穫時期を経験して、『農業経営は別として、農作業はやっていけそうだ』と自信をつけることができました」

■「前言撤回」。コツコツと取り組む姿で地域も応援

2017年春からは、研修生として、5反(1500坪)の園地で温州みかん、ブラッドオレンジ、伊予柑、ポンカンなどを栽培しています。研修といっても、体系だったプログラムがあるわけではありません。県の農業講習に参加し、地域の農家を手伝いながら技術を習得するそうです。

「最初は分からないことだらけで、何が分からないかも分かりませんでした」

こう苦笑する河上さんですが、研修で知り合った人に電話をかけ、タイミングを見つけては知り合いの農家をつかまえて質問を重ねました。真剣に農業に打ち込む姿を見て、周囲の農家も理解を示すようになり、作業中に声をかけてくれる人も増えたといいます。

ある日、「都会に帰った方がいい」と言った男性が園地を訪ねてきました。園地の奥で作業をする河上さんを探し出すと、男性はこう言ったそうです。「前言撤回するけん」

以降、この男性は河上さんのことを気に掛けて、困ったことがないか聞きに来てくれるようになりました。

就農までの経緯やこれからの目標を語る河上さん。取材は宇和海を見下ろす高台で

年明けには研修期間が終わり、独立した柑橘農家としての生活がスタートします。「研修先からもらっているお給料は、独立後にはなくなります。いま借りている園地だけでは農家として自立する収入は得られないので、技術をつけて園地を拡大して、みかん農家として自立することが目標です」

■自分が受け入れ側になって地域に「恩返し」

初めての地方暮らしはカルチャーショックも少なくなかったといいます。

「例えば、盆踊りです。夏祭りに屋台のそばで踊るものだと思っていましたが、ここでは純粋な仏教行事で、屋台なんてありません。最初は、『あれ、イカ焼きは?』なんて思ってしまいましたよ」

盆踊りを前に5種類ある踊りをたたき込まれ、地域の運動会では頼まれて全種目に参加したそうです。こうして行事に積極的に参加することで、地域での人間関係も築けてきました。最近では、通りすがりに野菜や海で釣れたイカをもらうことも増えてきたといいます。

「東京に帰った時にお土産を買ってきたり、うちで採れたものでお礼をしたり。時には草むしりなどの労働でお返しすることもあります。リアルな物々交換だと思うと、とてもおもしろいですね」

一方、メディアで移住が取り上げられる機会が増え、地方での暮らしが誤った形で伝わっていることに危機感を募らせます。

「田舎に行くと物々交換で生活ができると思われがちですが、いただきものだけで生活ができるはずがないので、スーパーで買い物もします。農機具は中古をもらえると言われますが、みんな修理して壊れるまで使うので、なかなか中古品は出回りません」

河上さんは市の就農アドバイザーとして、移住フェアに参加するようになりました。自分の経験を伝え、地域のことを知ってもらうことで「移住後に後悔してほしくない」と考えています。

県が主催する移住フェア「愛あるえひめ暮らしフェア」に河上さんは就農アドバイザーとして参加した

西三浦地区の人口減少は止まらず、小学生は数えるほどです。
「若い人が増えないと、伝統行事もなくなってしまいます」。こう警鐘を鳴らして、河上さんは続けます。

「みかん農家として自立することができたら、自分が次の移住者を受け入れる立場になりたいですね」

それが、河上さんなりの地域への「恩返し」になる。そう考えているそうです。