移住事例紹介

「人と人をつなぐ存在に」 “おいしい”地域・伊予市の地域おこし協力隊から移住カウンセラーへ

東京都→愛媛県伊予市双海町
2013年移住
川口 沙矢香さん
伊予市移住サポートセンター「いよりん」移住カウンセラー

6月、愛媛県伊予市に移住サポートセンター「いよりん」がオープンしました。全国でも珍しい、住民が主体となって運営する移住のワンストップ窓口です。ここで移住カウンセラーを務めるのが、2013年に伊予市双海町に移住し、現在は地域のアルバイトを掛け持ちして生活をする川口沙矢香さん。地域おこし協力隊として活動し“人儲け”の才能があると評されたこともある川口さんは、カウンセラーとして「人と人をつなぐ存在になりたい」と語ります。

■「暮らすように旅したい」から始まる地方移住への思い

▲伊予市双海町の観光名所のひとつ、JR下灘駅。JRの青春18切符のポスターなどにも使用された

「旅行が好きで、国内外いろいろなところに足を運びました。全都道府県を制覇しようと青春18切符で旅をしたこともありましたが、そのうち、ただの観光ではつまらないと思うようになったんです」

千葉県出身の川口さんに移住のきっかけを尋ねると、こんな答えが返ってきました。観光地めぐりにあきた川口さんが求めたものが、「暮らすように旅する」スタイル。山梨県や福島県で開催される田舎暮らし体験ツアーに参加し、各地の文化や方言、紙すきやチェーンソーを使った材木の伐採といった地域の生活に触れてきました。

ひとつの地域に長く滞在し、「ウーフ」と呼ばれる、労働の対価として寝るところや食事の提供を受ける生活をするうちに、田舎暮らしへの思いが強まっていったといいます。

「いつか地方で暮らしたい。東京での生活は今シーズンが最後にしよう」

漠然としていた地方移住への思いは、2011年の東日本大震災を機に具体的なものに形を変えていきます。移住フェアや新規就農イベントに足を運ぶなか、愛媛県地域おこし協力隊合同募集説明会で目にしたのが、伊予市双海町の協力隊募集プレゼンテーションでした。

「地元の人の写真がたくさん紹介されていたので、『受け入れてもらえる』という感じがしたんです。何より、おいしい食べ物がたくさん採れるという情報が響きました。キウイ、みかん、ビワ、そら豆、栗…」

この時のプレゼンを担当したのが伊予市双海町の先輩協力隊員であり、「いよりん」の運営責任者でもある冨田敏さん。「風景は現地に来れば知ることができる。それよりも、どんな人と、どんなものを食べて暮らすかを伝えたかった」という狙いは、見事に川口さんの心に刺さったのでした。

■単身での田舎暮らしを助けた「人もうけの」才能

2013年3月、伊予市双海町に移住。4月から、由並地区の地域おこし協力隊としての活動が始まりました。

▲耕作放棄地となった棚田の再生事業。市内外から集まった仲間の協力を得てかぼちゃを栽培している

地域を走る観光列車「伊予灘ものがたり」でのお土産販売、特産品開発として取り組んだ団子づくり、耕作放棄地となっていた棚田の再生、地域事務所の一室を開放しておこなった子育て支援。3年間で取り組んだ活動に共通しているのは「自分たちが楽しむこと」。楽しく活動している姿を見せることで、「仲間は増えると思うし、ここに住みたいと思う人も出てくるかもしれない」と考えるからだそうです。

一方で、田舎暮らしにはトラブルもつきもの。農作業や家の修繕など女性1人では対応が難しいことも少なくありません。

「家にたびたび出る虫も、定期的に舞い込んでくるお見合い話も、全部自分で考えて解決しなければいけません。その分、たくましくなりました。でも、単身の女性はかわいがってもらえます。そして、周りの方に『助けて』と言える人は田舎暮らしに向いていると思います」

こう話す川口さんは、協力隊に着任して間もないころのエピソードを教えてくれました。

「自己紹介のチラシに『洗濯機がないので、いらない洗濯機があれば教えてください』と書いたら、『使ってない洗濯機があるけん』と中古の洗濯機をもらいました。『農業に興味があります』と書いたら、畑を借りることもできたんです。しかも、頼れる指導者つきです」

地域の人にじょうずに頼り、協力者を増やすことから、「人儲けの才能がある」と言われたこともある川口さんは、地域で暮らすうえで心に留めている言葉があるそうです。

「同僚の協力隊員に言われた『住んでいるだけで地域おこし』という言葉です。地域の方に何かをしてもらったら、もちろん私なりのお返しはします。でも、私がここに住み続けることが一番の恩返しなのかもしれないと思うようになりました」

■「この人がいるから帰ろう」 そう思えた場所

協力隊の任期中に双海町に定住することを決め、2015年には、町内に築60年ほどの空き家を借りました。家の隣に畑があり、窓からは瀬戸内海が一望できます。仲間の手を借りて畳を貼り替え、倉庫に階段を設置するなど、暮らしやすいようDIYでリノベーションを進めていたそうです。

▲築60年の空き家を改修した川口さんの自宅から見える、瀬戸内海に沈む夕日

しかし、協力隊の任期が終わった2016年4月、家庭の事情で双海を離れざるを得なくなりました。双海に戻る時期は未定。協力隊時代に手がけた事業は地域の方にバトンタッチしましたが、空き家は借りたままにしていたそうです。

結果的に、半年ほどで家庭の事情は落ち着きました。愛媛県八幡浜市や徳島県三好市、沖縄県南大東島で農作業などのアルバイトをしながら過ごし、双海に戻ったのは2017年4月のことでした。

半年間で滞在した場所は、それぞれに魅力的だったといいます。

「でも、私が帰る場所は双海だと思いました。どこも住めばいいところだけど、私には双海が合っていたんでしょうね。何より、人との出会いが大きかった。協力隊の3年間で、『この人がいるから双海に帰ろう』と思える人にたくさん出会えたんです」

「ただいま!愛媛に帰りました」

4月7日に投稿したフェイスブックの記事には、「おかえり」というコメントがたくさんつきました。その多くは、漁師や農家、後任の地域おこし協力隊といった、双海の人たちからでした。

■地域のアルバイトをかけもちする「複業」生活へ

現在は、地域のアルバイトをかけもちして生活をしています。日本で一番海に「近かった」駅として有名なJR下灘駅前のコーヒーショップや市内のイベントでの特産品販売。6月の取材時は、収穫の最盛期を迎えたビワ農家でのアルバイトに従事しているところでした。

▲6月は伊予市の特産品であるビワ農家でのアルバイトに従事した

正規雇用の少ない地域での生業づくりとして注目されている「複業」。企業の立地がほとんどない双海での複業生活は、協力隊の任期中から考えていたスタイルだといいます。

「色々なバイトをかけもちしているので、イベントの販売に立っているときに、お客さんから『どこにでもいるね』と声をかけられたこともあります。収入は多くはないけれど、野菜は家の畑で採れるし、意外と生活できるものですよ。これからは、毎月の収支を公開してみるのも楽しいかなと思っています」

アルバイトのかたわら、棚田の再生や観光列車でのおもてなしなど、双海を離れる際に地域の方に任せた業務にも再度、取り組みはじめました。

「一緒にやりませんか ビワおやつ付き!」「誰でも大歓迎です」

川口さんのSNSには、定期的に作業やイベントへの協力者を募る内容が投稿されます。その度に市内外から協力者が集まるのは、“人もうけ”のなせる技なのかもしれません。

■移住カウンセラーとして「人と人をつなぐ存在に」

▲伊予市郡中地区の中心部にある「手づくり交流市場 町家」。双海以外の地域についても勉強中だ

伊予市は2005年に旧伊予市、中山町、双海町が合併して誕生しました。県庁所在地の松山市の通勤・通学圏でもある旧伊予市の郡中地区、自然豊かな山間地にある旧中山町佐礼谷地区、そして、瀬戸内海に面した双海町、3地区それぞれに民間の移住支援団体があり、移住フェアへの参加や移住者の受け入れを行っています。

2016年には3団体が主導する形で、市の移住・定住推進アクションプランが策定されました。「いよりん」は移住・定住推進の核となる施設。市中心部の古民家を改装したコミュニティスペース内に窓口を置き、市全体の移住相談に対応します。

「伊予市は『おいしい』ところだと思います。松山という都会にも近いのに、海も山もすぐそばにある。県内の他の市町に行くのも便利だし、空港が近いので、県外からの友達も呼びやすい。もちろん、おいしい食べ物もたくさんあります」

伊予市の魅力をこう説明する川口さんですが、双海地区以外の地域については知らないことも多いそう。

「5月に県主催の移住相談員の研修会がありました。ロールプレイングで移住相談をしたのですが、双海以外の地域については答えられないことが多く、勉強しなければいけないと思いました。双海でも、自分とは違う家族構成の方たちの具体的な暮らしはよく分かりません。研修を機に、子供のいる知人に『どれくらいの頻度で買い物に行く?』などと質問するようになりました」

一方で、各地域にはしっかりとした受け皿があるため、「いよりん」には移住希望者の話を聞いて、適した地域を紹介する役割も求められています。

「各地域には地域に詳しい人がたくさんいる。私が市内すべてを紹介する必要はないと思っています。私は移住希望の人と地域の人をつなぐ、そんな存在になりたいと思っています」

そう笑顔で話す川口さんを起点に、伊予市でどんな人と出会うことができるのか。楽しみが広がります。