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元「とくしま移住コンシェルジュ」斎藤さんインタビュー

相談員という仕事vol.4

帰りたいけれど、やりたいことが見えなかった地元。わたしの道の拓き方

はじめに

「地元へ帰りたいけれど、やりたいことが見つからない」。そんな思いを片隅に東京で暮らしている方は、地域を紹介する仕事に就いてみませんか?

今回は、ふるさと回帰支援センター卒業生の斎藤真弓さんを、紹介します。

斎藤さんの歩み

「福祉の仕事を通してますます人を好きになり、ふるさと回帰支援センターの仕事を通じて徳島を一段と好きになりました」。18年間過ごした東京を卒業する日、斎藤さんはSNSにこう書きました。ふるさと回帰支援センターでの徳島県人との出会い、帰省時に訪ね歩いた県内の各市町村。その日々が、徳島県上勝(かみかつ)町へとつながりました。

プロフィール

元とくしま移住コンシェルジュ/斎藤真弓
出身 徳島県阿南市
勤務期間 2015年12月〜2017年3月
現職 徳島県上勝町役場・移住コーディネーター
将来のビジョン 今を思い切り楽しみながら、目の前のことに一生懸命取り組んでいきたい。

高校生の時は、帰るつもりがなかった地元

上勝町のcafe polestarにて。営むのは東輝実さん、松本卓也さん夫妻。

-高校生時代は、地元に帰ろうと考えていたんですか?

考えていなかったですね。高校は硬式テニスに打ち込んで、部室と家を往復する毎日。徳島県民といっても、地元の阿南市もあまり知らないぐらいで。高3の年に明石海峡大橋が開通すると、多くの同級生が大阪を目指しました。わたしは未知の世界に飛び込みたくて、東京へ。大学で福祉を学び、卒業後は社会福祉法人に就職。視覚障害のある方たちの生活支援をしました。

-どんな仕事をしていたんですか?

寮母さんといったらイメージが湧くかな?朝食を見守って、作業所へ見送って、夕方には「お帰りなさい」。

寄り添う仕事が、性に合っていたんでしょうね。目が見えない分、他の感覚が鋭い。わたしの声色が低くなっていると、落ち込んでいることが伝わったり。生身の人と接している、そんな感じがありました。

今でも覚えている言葉があります。「職員のみんなは仕事辞めたくなったら、いつでも辞められるし、行きたいところへ自由に行ける。でも、僕ら障害者は他に行くところはない」。ほんと頑張んなきゃと思って。3年目、5年目、10年目と節目がありつつ、あっという間の12年でした。

どうして相談員になったのか

社会福祉法人を卒業する日の1枚

-徳島へ帰ろうと思ったのは、どうしてですか?

東京は、今も好きなんですよ。ただ、毎日暮らす中で、自分を東京の空気に合わせる感じがあって。お隣さんとのあいさつがない。買い物をするとき、「ありがとうございます」と言いにくい。自分がより自然体でいられるのはどこだろう、と。

徳島での暮らしも考えました。福祉法人を退職後、上勝町で1週間のインターンシップに参加したんです。ここは、母親の里ということもあって。けれど、Uターンする気にはなれず。

東京にいたいけど、ずっといる気は無いし、徳島帰りたいけど、やりたいことないし。実家帰ってまた福祉の仕事をしても先が見えてしまう。“何か”見つけてから徳島に帰りたい。東京にいながら、徳島に関われないかな。仕事を探す中で、「とくしま移住コンシェルジュ」の仕事を見つけたんです。

-働き始めて、どうでしたか?

仕事を通じて、徳島で暮らす人にたくさん出会いました。県知事や県議会の方、自治体の移住担当者、特産品販売で上京された方、Uターンを考える方。徳島県は24の市町村からなります。お盆や正月に帰省したときは、自治体の移住担当職員を訪ねました。「いつも案内してるところを紹介してください」とアテンドしてもらい、移住者目線で地域を新鮮な気持ちで見る。そうして得た日常の声を、ふるさと回帰支援センターで相談者の方に伝える。

「ありえへん」と思うくらい、濃い1年4ヶ月でした。より好きになれた徳島で、今度はわたし自身が暮らし、訪れる人を迎えたい。移住コーディネーターの縁をいただいて、上勝町へ来ました。

相談員の仕事を通じて、人生に変化が生まれたのか

農家民宿山挨にて。女将さんが嬉しそうに、上勝パラダイス宣言の冊子を見せてくる

-上勝町では、どんな仕事をしていますか?

2018年は「上勝パラダイス宣言(https://kamipara.jp)」のWEBと冊子を制作しました。取材も自分で行いました。“仕事のリアル”を紹介したくて、「救急患者輸送員」と「ごみステーション」を掛け持ちする青木さんの家計簿を紹介して。同世代の方との飲み会を聞きつけて、「わたしも参加させてください」と撮影させてもらったり。

-つくる人との距離が近い印象を受けます。そもそもどうして、冊子を制作しようと?

とくしま移住コンシェルジュ時代に、「暮らしや仕事のリアルを紹介するパンフレットは大事だな」と感じたんです。情報がまとめられていれば、移住コンシェルジュは紹介をしやすく、相談者も移住をイメージしやすい。

移住検討者の中には、上勝町を知る方も多いです。世界中から視察に訪れる「ゼロ・ウェイスト(http://zwa.jp)」やおばあちゃんたちが元気に働く「葉っぱビジネスの彩(https://www.irodori.co.jp)」をきっかけに。現に、上勝の人や暮らしに魅力を感じて、毎年20人ほどが移住しています。けれども、地域のリアルが伝わるパンフレットはなかったんです。

この先の人生をどう描くようになったのか

上勝町八重地集落で行われた「茅葺予備校」にて

-斎藤さんのこれから、聞かせてもらえますか?

「空欄」なんです。

上勝町では、30歳前後の子たちがアクションを起こしています。ここ「cafe polestar(ポールスター)(http://cafepolestar.com/)」は、松本夫妻がゼロ・ウエイストを実践する場です。加えて夜は学習塾になり、音楽ライブを開催することで町外から人が訪れたり。

彼らを見ていると、すごいなって思う。反面、わたしは? 徳島に帰る夢が叶った今、どうしていこう?まずは徳島へ帰りたかったし、これからより徳島を知っていきたい。それが本音です。

-話はさかのぼりますが。高3、そして2016年にインターンシップで訪れた当時は、徳島にいる自分がイメージできなかったんですよね?

そうなんです。ふるさと回帰での1年4ヶ月を一生懸命過ごしたら、“ここ”につながりました。だから今も、目の前のことを一つ一つ取り組むことから。

-やりたいこと、ありますか?

スナック(笑)。わたしはお酒が大好きで。上勝町内にはかつて、飲み屋が何軒もあったそうです。世代を超えて、いろんな人が気軽に飲みに来れる場所がほしい。2018年のクリスマスイブにお試しで開いたんです。町内の独身者を集めて、イロリとコタツで歌って飲んで。気取らず、自然と人が集まり語れる場所をつくれたらいいな。

(2019/1/10インタビュー)

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